ブックワームのひとりごと

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性的暴力を疑うことの難しさを感じる『ダウト あるカトリック学校で』感想

ダウト?あるカトリック学校で? (字幕版)

Amazonビデオのクーポンをもらったので借りてみました。

 

あらすじ

子どもたちが学ぶカトリック学校。その学校の校長であるシスターは、神父が子どもに手を出したのではないかと疑いを持つ。証拠がない状態で、「疑い(ダウト)」だけが膨らんでいく。真実はいったいどこにあるのか……。

 

正しくはないが非難できない

証拠がないのにひたすら疑いだけが膨らんでいくという点で、「それでもボクはやってない」の逆バージョンのようになっています。

 どんなに疑いを持っても、本当のことはわかりません。監視カメラの前で性的虐待をする人はいません。

やったことを証明するのも、やっていないことを証明するのも、性的暴力という罪では難しいです。

結局のところ、「両者の意見を聞いて総合的に判断する」しかないんですが、それだと逃げきってしまう人が多くいるのも事実です。

校長のやったことは、正しいとはいえません。けれど、少年を救ったのかもしれないと思うと、純粋に非難できないことでもあります。

 

善意の人だけど「いい人」じゃない

印象的だったのが、校長は善意の人だけど、「いい人」ではなかったことです。

しょうもないことでねちねち生徒を叱り、教室をうろうろしては校長室で罰を与え……実際にこの人の生徒だったらすごく嫌いだったと思います。

一方で、その「嫌な先生」っぷりが、性的虐待を糾弾することについては足を引っ張っていました。性的虐待の被害の疑いがある生徒の親と話すシーンでは、明らかに怯えられていました。そりゃ、あんなに怖い先生だったら自分の子どもが叱られると思いますよね。

そのような、校長先生が完璧でないところが、物語にただの勧善懲悪でない深みを与えていたと思います。

 

まとめ

暗い話でしたが、重厚で面白かったです。

性的暴力を、裁くことの難しさを考えさせられました。

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