今日の更新は、『自虐の詩』です。
あらすじ・概要
大阪の下町に、短気な男イサオと暮らす幸恵。気に入らないことがあるとたびたびちゃぶ台をひっくり返してしまう彼を、幸恵はけなげに愛している。周囲の人間はそんな幸恵を心配しているが、そのころ幸恵の妊娠が発覚。不安定な生活やイサオの性格を思い、産むかどうか悩む幸恵だったが……。
この主観に文句が言えるか? という美しさ
いわゆるポリティカル・コレクトネスの真逆を行くような作品ですね。モラハラ夫を「実はいい人」と信じる妻。私が幸恵の友人だったら、夫と別れるよう強く説得すると思います。夫をのさばらせる幸恵にも問題があると言います。でも、この作品では幸恵は夫のくびきから逃れようとしません。倫理がやばい。
しかしながら、それは客観的に見た話です。大けがをして生死の境をさまよう幸恵は、過去の記憶を夢に見ます。そこに出て来たのは、イサオとの運命的な恋でした。
幸恵の主観では、イサオは運命の人で、救済者で、一世一代の恋をした相手で……ということが、鮮烈に丁寧に美しく描かれていて、私はこの恋に文句が言えなくなってしまいました。
ふたりは欠陥だらけの、はっきり言ってクズです。だけれども恋に落ち、お互いを必要とし合ったことは誰にも否定できません。だって、彼らの主観ではそうなのだから。
回想に登場する中学時代のクラスメイト、熊本と幸恵の女の友情もよかったです。美人でもなければ特別な能力もないふたりが、ときにけんかもしつつ仲良くなっていきます。恵まれない境遇の人間同士、社会の荒波の中でサヴァイヴしていく勇気を与えあう関係が本当にかっこよかったです。
気仙沼の方言も相まって、泥臭くもかけがえのない関係が好きでした。
倫理がやばいので、無理な人には無理だと思うんですけれども、正しいことだけが人を救うとはかぎらないよね、という話でした。
罪のない作品とはいいがたいのに、見ていてちょっとほっとしました。