ブックワームのひとりごと

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「全部俺」の世界で共感や自己投影のおぞましさを描く―星野智幸『俺俺』

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俺俺

今日の更新は、星野智幸『俺俺』です。

 

あらすじ・概要

盗んだ携帯電話で何気なくオレオレ詐欺をしてしまった主人公は、それをきっかけに次々と「俺」と出会う。最初は三人だった「俺」は、次々に増殖していき、今や世界は「俺」だらけの世界に。自他の区別が極限まであいまいになっていく中で、主人公のアイデンティティは混乱を極める。

 

「わかって」しまうことは恐ろしい

いやあよかった。私が感じていた「共感すること」「自己投影すること」への怖さを小説として具体化してくれた作品でした。

 

この世に複数の「俺」がいることに気付いた主人公は、最初は戸惑いますが、容易く共感でき、わかり合うことのできる「俺」たちと打ち解けていきます。しかし徐々に嫌悪感を覚え、俺自身を否定する「俺」が登場してしまったことから歯車が狂い始めます。

嫌いな「俺」であっても、主人公は「俺」を理解してしまいます。なぜならそれは「俺」だから。相手の醜さも、卑怯さも、他者を拒む頑なさも、すべては自分自身から生まれたものだからです。わかってしまうからこそ俺は「俺」を憎み、その憎しみはもちろん自分自身に跳ね返っていきます

自己嫌悪と憎悪の中で増殖し続ける「俺」たちはついに、殺し合いを始めてしまいます。

 

こうした展開を見ていると、この世にわかり合えない人がいることは、幸せなことだと思いました。自分と相手の境界線があやふやになることで、生まれる暴力性もあります。「あの人には私のわからない幸せや不幸があるのだ」と思うことで、相手のことを許せることもあります。『俺俺』はそういう距離感をすべて失ってしまった世界の物語です。

 

ちょっと話はそれるのですが、このところTwitterで連載されている漫画「同人女シリーズ」を読み、その反応を見ているうえで「共感」や「自己投影」のおっかなさについて考えることが多かったのです。

この辺は肘樹さんという方がわかりやすくまとめていらっしゃるのでリンクを貼りますね。

note.com

フィクションのキャラクターにしろ現実の人間にしろ、「わたし」と「あなた」の境界線ががばがばになり、「わたしとあなたは『同じ』だから同じように感じるはずだ」とか「わたしとあなたは『同じ』だから『同じ』にならないのが許せない」と思うのって結構怖くないですか?

おそらくその先にあるのは『俺俺』みたいな、アイデンティティをごった煮にして「わたし」のいなくなった世界なのではないでしょうか。

この点についての思索を深められたので、このタイミングで『俺俺』を読んで本当によかったです。

俺俺

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  • 作者:星野智幸
  • 発売日: 2013/04/26
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