今日の更新は、金森修『病魔という悪の物語 チフスのメアリー』です。
あらすじ・概要
アイルランド系移民で館の使用人だったメアリー・マーロウ。料理が上手く屋敷の主人からも信頼を得ていたが、彼女は腸チフスの無症状キャリアだった。今まで働いた屋敷で何度も腸チフスを感染させてきた彼女は、無理やり社会から隔離させられる。しかし、それは正しいことだったのだろうか……。
無症状キャリアの女性の人生を狂わせていいのか
明確に何が悪いと語られるタイプの本ではないため、読み終わってもすっきりしませんでした。でもあえて、そういう風に文章を書いてあるのでしょう。
繰り返されるのは、メアリーが「チフスをばらまいた毒婦」でも「かわいそうな被害者」でもなく、普通の人だったという事実です。無症状キャリアの象徴となる前に、ただの人間だった。著者はその人間としてのメアリーを見ろ、と伝えて来ます。
そして、その「普通の人間」に対して、公衆衛生はどこまで介入していいのか、という話でもあります。
メアリーはたくさんいたキャリアのひとりでしかありませんが、当局のメアリーへの態度は執拗です。腸チフスがさほど脅威ではなくなった時代にも、隔離は続けられてきました。
合理的理由や保証がないままに、ひとりの女性が人生を狂わされた。公衆衛生のためとはいえ、それが許されるのでしょうか?
この問いに明確な答え、明確な線引きはありません。だからこそ著者はこの本をすっきりしない内容のまま書いたのではないでしょうか。
この本では、史実においてはっきりわからないことは「よくわかっていない」とはっきり述べ、脚色や想像で埋めることはしていません。それだけデリケートなテーマであることを自覚しているからでしょう。
正直私も感染症には詳しくないので、読み終わっても「私には結論を下せない……」と思ってしまうのですが、本としてはつくりが誠実にできていると思います。
なるべく嘘をつかないよう努力した文章でした。