ブックワームのひとりごと

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失恋が連鎖する、数珠繋ぎ連作短編―角田光代『くまちゃん』

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くまちゃん(新潮文庫)

 

あらすじ・概要

アーティスト志望の男に恋した女、恋をきっかけにフリーターから脱出しようとした男、女優をやめて画家の男との結婚を狙う女。今回で振った側が次の回でふられる、「ふる・ふられる」でつながる連作短編。

 

恋と別れをきっかけに人生の方向転換を果たした人たち

いや~面白い。恋愛小説には苦手意識があるんですが、これはその苦手意識を超えて面白かったです。

 

登場人物たちは、恋によって大きな転機を迎えます。フリーターがまともな職に就こうとしたり、ずっと抱えていた夢を諦めたり、「らしくない」行動をしてしまうようになったり。まさに自分の運命を変える、一世一代の恋なのです。

しかしながら、自分にとっては運命でも、相手にとってはそうではありません。愛情の天秤が釣り合わず、別れることになってしまいます。主人公たちは、その別れに嘆き悲しみます。

一方で、この作品群はいつもどこかさわやかに終わります。それは、登場人物が失恋をきっかけに前に進むことができているからでしょう。行き詰りかけていた人生が、出会いと別れによって方向転換されます。失恋という悲しいテーマを扱いながらも、前向きな作品なのです。

 

あと特定のフォロワーへの情報なんですけど、何とこの作品BL回があります。しかもめちゃくちゃ面白い。

正確にはセックスもキスも睦言もないけど、本人がこの感情を恋と定義しているからBLでいいでしょう。こんなところで男→男の巨大感情を見るとは思わなかったです。

こういう男女の恋愛の中に男男の愛が混じっている場合、作者が同性愛をぞんざいに扱いすぎたり、あるいはこだわりがありすぎて浮いていたりするんですが、この作品はそういうところがなくてするっと入っていけました。

 

以下、お気に入りの話をピックアップしておきます。

 

「アイドル」

アーティストを目指し、フリーターをしつつ生きてきた英之が、ゆりえと同居するようになって人生を考え直す。しかし、ゆりえには憧れのミュージシャンがいて……。

付き合っている女の子がステップアップしているように見えて、「俺もがんばらなきゃ」と思った矢先にこれかい! でもこの恋をきっかけに、社会との付き合い方を考え直せたんですよね。

恋物語であり成長物語でもありました。

 

「こうもり」

ミュージシャンでゆりえの思い人、槇仁(まきひと)の話。売れない演劇をやっている女優希麻子(きまこ)に部屋に入り浸られるようになってしまった彼は……。

ゆりえの回でひょうひょうとしてつかみどころのなかった彼が、ひとりの女に心をめちゃくちゃにされているの、なんだかときめきますね。ざまあみろという感じもします。

 

「光の子」

画家の久信には、先に成功を果たしずっと憧れてきた料理人の友人がいた。しかしその友人文太は、結婚し熱海の寮で賄いの仕事をするという……。

男→男の巨大感情。好きという感情が、久信の人生を変えてしまいます。久信にはその「好き」という感情から一旦卒業して、自力で人生を歩みだす必要があったのでしょうね。

かなりみっともない恋ですが、最終的にはうまくまとまりそうでよかったです。

くまちゃん(新潮文庫)

くまちゃん(新潮文庫)

  • 作者:角田 光代
  • 発売日: 2016/09/02
  • メディア: Kindle版
 
物語の海を泳いで

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