ブックワームのひとりごと

読書中心に好きなものの話をするブログです。内容の転載はお断りします。

「定食屋のからあげ定食がおいしい」みたいなお仕事小説―ほしおさなえ『活版印刷三日月堂 星たちの栞』

このブログには広告・アフィリエイトのリンクが含まれます。

([ほ]4-1)活版印刷三日月堂 (ポプラ文庫)

 

あらすじ・概要

故郷に戻ってきた弓子は、祖父が経営していた活版印刷所「三日月堂」を再開した。びんせん、ショップカード、しおり、結婚式の招待状。三日月堂の依頼者は、印刷物を作ることによって自分の過去や今に向き合うこととなる。活版印刷をきっかけにして揺れ動く心を描く連作短編。

 

あらすじの範囲内でベストを尽くしてくれる作品

「定食屋に入ってからあげ定食を食べたらおいしかった」みたいな作品です。

ストーリーとしてはタイトルとあらすじで分かる通り「活版印刷三日月堂が活版印刷を通して人々の心を癒したり変えていったりする話」です。それ以上でも以下でもない。奇をてらったことは一切しません。

しかしながら、その「あらすじ通り」の範囲内で、ベストを尽くしている作品でした。

説明的すぎず、なおかつ描写不足にならない活版印刷のしくみや楽しさ。三日月堂を訪ねる人々の精神描写。活版印刷をきっかけに心が動いていく構成。それらがかっちり組みあがっています。

定食屋でフレンチ出そうとしたり韓国料理出そうとしたりしない。しかし、定食屋の範囲でちゃんと作って客のニーズに応える。これはそういう話です。

 

個人的に好きな回は「八月のコースター」ですね。叔父の喫茶店を継ぎ、どこか「自分は伯父の代わりにはなれない」と思っている店主岡野が、三日月堂にショップカードを依頼する話です。

ショップカードとコースターを作るためにあれこれ知恵をひねる三日月堂店主の弓子と岡野の姿が、印刷物を作る面白さを示しています。そして、その思考の過程が岡野の過去への認識を変えていくところも優しいです。

活字を拾ったり、インクを調整したり、活版印刷は普通の印刷より面倒で、でもその面倒な過程を踏むことで登場人物が一歩踏み出せたり、過去を改めて見直したりできます。そう思うと、面倒も必ずしも「面倒」ではないと思えてきました。

 

とりあえず「あらすじが気になる」人は読んでみて損はないんじゃないかな。そう思わせてくれる高度なお仕事小説でした。

([ほ]4-1)活版印刷三日月堂 (ポプラ文庫)

([ほ]4-1)活版印刷三日月堂 (ポプラ文庫)