あらすじ・概要
弁護士の妻、ジェーンはバグダードで娘を見舞ってから、イギリスに帰ろうとしたところ、電車の不通により足止めされた。しかたなく宿泊所で過ごすことになるが、そこで友人との会話を思い出す。暇にあかせて考え事をするうちに、彼女は自分自身の過去と向き合っていくこととなる。
毒親は「わたし」だったかもしれない
優秀な夫と子を持ち、自らもよく家庭を治め、完璧な人生を送っているように見えるジェーン。しかし回想に回想を続けるうちに、徐々に完璧のメッキがはがれていきます。
ジェーンは農園を経営したいと言った夫の意見を一蹴したことを皮切りに、家族の人生に勝手に干渉していった過去がありました。それは彼女が「こうあるべき」という固定観念に囚われ、自らの意思を持たず、また選択の責任を取ってこなかったからです。
わかりやすい毒親のモデルケース! トラウマを持っている人はつらいかもしれません。
抑圧を「する」側も、弱い一人の人間にすぎないのです。
しかしこの本は、「毒親ってろくでもないよね、子どもはかわいそうだよね」という安易なオチで終わる話ではありません。
ジェーンとともに読者も自分の過去を振り返ることになります。自分自身は自分の本当の望みを捨てて安牌を取ったことはないか、そしてその選択を他人に強いはしなかったか、と。
この問いに「そんなことはしたことがない」と言う人とは、私は逆に友達にはなりたくないです。
ジェーンの人生の失敗というのは、ものすごく普遍的なものではないでしょうか。
この作品は、強い社会に対する批評性を持っています。
そしてこの作品、ほとんどがジェーンの回想と独白でできているのがすごいんですよね。やっていることといえば宿泊所で列車を待っているだけ。それなのに秘密のベールがあざやかにはがされていき、読者はそれを震えながら見ていられます。
小説が上手すぎる……。エンタメ要素とメッセージ性を両立する手腕が天才。
自分の愚かさに気づくのは難しい、気づいたところで実際に変われるかはわからない。その現実を描きつつ、私の頭をぶんなぐって目を覚ましてくれる作品でした。面白かった! おすすめです。