
NHKの海外ドキュメンタリー翻訳シリーズ、ドキュランドへようこその感想です。
相変わらずいいと思ったり悪いと思ったりいろいろですが、それも含めて面白いなあと思っています。
- 「米議会襲撃が再び起きたら シミュレーション 緊迫の6時間」前編&後編
- 「“スウィフティー”がアメリカを動かす? 歌姫テイラーに熱視線」
- 「“クィア”な人生の再出発 ボリウッド式カミングアウト」
- 「デニムハンター “青いお宝”を求めて」
- 「デモクラシーの“闇” ハンガリーの民主主義は今」
- 「弁護士シェイナーの正義 米議会襲撃 “暴徒”の声に耳を傾ける」
- 「女たちがいなくなった日 “男女平等先進国”アイスランドの原点」
- 「ABBA 栄光の陰で」
- 「ラ・シングラ 幻のフラメンコダンサー」
- 「アメリカ“中絶論争”の再燃 女性の権利をめぐり深まる分断」
「米議会襲撃が再び起きたら シミュレーション 緊迫の6時間」前編&後編
アメリカ大統領選挙でクーデターや反乱が起こった時を想定して、退役軍人たちが大規模シミュレーションをやる回。
見ていて思ったのはアメリカは最近常に内乱の危機にあり、本来保守層であるはずの人々もその状況に不安を覚えているということです。
人権がどうとかは置いておいて、退役軍人が出演者のほとんどなのでナショナリズム的だったり、アメリカの価値観を肯定したりする人々が多いです。
しかし、そういう人であっても民主主義の崩壊を望んでいるわけではありません。民主主義は右派、左派問わず存続させたいものです。
この記事を書いているうちにトランプ大統領がふたたび誕生してしまいましたが、アメリカが内乱の危機にあるのは変わりません。不安ばかりの社会ですが、どうか平和のために努力する人たちが報われてほしいです。
「“スウィフティー”がアメリカを動かす? 歌姫テイラーに熱視線」
テイラー・スウィフトのファンたちを紹介するドキュメンタリー。
私は音楽には詳しくないんですが、ファンが勝手に非公式イベントをやって収益を得ていることに驚きましたね。しかもおそらくテイラー・スウィフトから黙認状態にあるという。日本では考えられないです。
テイラー・スウィフトファンの政治性についても大きく取り上げられています。私は芸能人と言えどもちょっとパフォーマンスのできる一般人だと考えているので、こうやって祭り上げられるのも大変だと思ってしまいます。でもそれだけ社会が「祭り上げても許される人」を求めているのかもしれないです。
どれだけ素敵なアーティストでも自分と完全に考え方が同じなんてありえない、と思っていますしね。
誰かが特定の思想のアイコンになること、それ自体があまり民主主義的なことではないっていうのが私の価値観です。
「“クィア”な人生の再出発 ボリウッド式カミングアウト」
インドと言う女性はこうあるべき、男性はこうあるべきという規範が強い社会で男性が女性の格好をすることがどれほど重いことでしょう。
ドキュランドにようこそはLGBTQを扱ったドキュメンタリーが多いんですが、その中でも親との関係を問題とする作品が多いです。
たとえ他人に理解され受容されたとしても、親との関係が解決するわけではありません。誰でも家族との問題は抱えているでしょうが、「普通ではない」存在の人たちにとっては親子問題はもっと苦しく切ない問題なのだろうなと思います。
「デニムハンター “青いお宝”を求めて」
真面目な内容を扱うドキュランドへようこそには珍しく、様子のおかしいオタクが大暴れする話です。政治性やメッセージ性はあまりないです。
ジーンズをコレクションするのが趣味な男性が人生を賭けてでもジーンズを手に入れようとします。
「鉱山でジーンズを掘る」という日本では考えられないシチュエーションが面白かったです。
男の友情の話でもありますが、「それ、成立しちゃいけないたぐいの友情なのではないか?」と思わされます。
最悪のホモソーシャルですが、本人たちは幸せなのかもしれません。
「デモクラシーの“闇” ハンガリーの民主主義は今」
いつまでもあると思うな親と民主主義。君主制より民主主義の方がましだとは思いますが、それを維持管理していくのはとても難しいです。
ハンガリーの情勢が悪化しているとは聞いていましたが、本人たちからそれを聞くのは重い感情を覚えます。
主人公周りが大変だなあと思うと同時に、人間が権力に惹かれるのは、何かしらの理由があるのではないか、と思いました。
自分が生まれ育った国を捨てなければならないというのはつらいことですね。私もどれだけ大阪の情勢が悪化しようと「捨てろ」と言われるとキレますよ。
「弁護士シェイナーの正義 米議会襲撃 “暴徒”の声に耳を傾ける」
アメリカのおばあちゃん弁護士が、議会を襲撃した人たちを弁護する話。
人懐っこく優しい女性が過激思想に染められた人たちに手を差し伸べるのが、なんだか泣けます。
公選弁護士という、犯罪者の人権を守る最後の砦として、犯罪者に尽くすのは胸が詰まりました。
厳罰化ではなく、今後の人生も含めて量刑を決めてほしいという、公選弁護士だからこその意見が重かったです。
そして、実行犯たちが人生が変わるような大変な思いをしているのに、そそのかした側の人間はのうのうと生きているのがつらいですね。
「女たちがいなくなった日 “男女平等先進国”アイスランドの原点」
起こったことはいいことではありますが、話のメッセージが明快過ぎてプロパガンダっぽく見えますね。見る人が想像する余地がないです。
アニメーションはかわいい。
「ABBA 栄光の陰で」
音楽に詳しくないので、ABBAも「あのよく流れている洋楽の人……」という知識しかありませんでした。
鉄のカーテンを突っ切って社会主義政権だったポーランドにコンサートに行ったり、スペイン語の曲を出したらスペイン語が使われている南米で反政府運動の人に感情を投影されたり。時代を感じるエピソードが多かったです。
知らない間に政治性を負わされるのは大変ですが、文化は政治から逃げてばかりもいられないのも事実です。
恋愛絡みの話は苦しい内容でした。人間なんだからくっついたり別れたりは当然あるでしょうが、有名人だからこそあれこれ言われるのはかわいそうではあります。
「ラ・シングラ 幻のフラメンコダンサー」
耳が不自由なフラメンコダンサー「ラ・シングラ」のその後をたどる話。
お金に目がくらんだ父親に生活を支配され、心を病み踊れなくなってしまった彼女のその後がつらかったです。今は落ち着いた暮らしができているようでよかったです。
ただ、「聴覚障害のフラメンコダンサー」といういわば物語的な要素に飛びついてもてはやした社会の方にも責任はあるのではないでしょうか。あとは聴覚障害だから音楽を理解できないというわけでもないですからね。(音の振動は感じるので、ビートは理解できる)
「アメリカ“中絶論争”の再燃 女性の権利をめぐり深まる分断」
アメリカでは人工中絶に厳しいと聞いていましたが、母体が危険になっても医者が中絶をためらうレベルだとは思いもしませんでした。
アメリカは広いから中絶が合法な州へ移動するのが大変です。
しかしこれでは宗教保守派がえたいのしれない怪物のようです。まあ実際出産する人にとってはそうなのかもしれませんが……。
私は自分が障害を負っているのもあってある程度福祉の世界の知識があるのですが、福祉業界に携わる人には宗教保守派が少なくないんです。福祉の仕事は金にならないので、何かしら強い思想がないと続かないし、宗教もその一つなのでしょう。
私自身は神や超常現象には懐疑的ですが、信仰を否定できないのはその理由があるんですよね。何かを強く信じる人によって守られている世界もある。
そこに理屈でアプローチするとしたら、宗教や個人的な思想に頼らず、システム自体を公平にする努力が必要だと思います。
さっき福祉は金にならないから続けるには何らかの思想が必要と書きましたが、介護士やヘルパーに労力に応じたまっとうな報酬が支払われれば信仰や思想に頼らず仕事ができるでしょう。まずはそこからです。
以上です。興味があったらドキュランドへようこそを見てみてください。