
世界史の本のおすすめも知りたいというアンケート結果を得たので、まとめ直して書きました。
自分がヨーロッパ史好きだからヨーロッパに偏りまくってるんですが、こんな本読んでるんだな―と思いながら読んでください。
ヨーロッパ
『ライシテから読む現代フランス――政治と宗教のいま』伊達聖伸
国家の宗教的中立性を示す、フランスのライシテ。信仰の自由を保証する一方で、「ヴェール事件」などのムスリムの髪を隠すかっこうを否定することもある。ライシテから、フランスの宗教観や今後の展望を解説する。
宗教を通して多様性と中立性、弾圧と自由を語るには、簡単にはできないでしょう。そういう意味で、あいまいなものをなんとか説明しようとする努力を感じました。
興味深かったのが左派が宗教的寛容を見せるのに対して、右派が過激なほどライシテを推進することもある、ということです。
ライシテそのものが、フランスのアイデンティティと化し、「保守」のテーマの一つになっています。
まだ穏健な右派はまだしも、極右にライシテがムスリムを排斥する言い訳として使われるのはもの悲しさがあります。
『パリの断頭台 七代にわたる死刑執行人サンソン家年代記』バーバラ・レヴィ
七代にわたってパリで死刑執行人を担当してきたサンソン家。フランス革命を中心に、彼らの歴史を紐といていく。そこには、時代によって変わる死刑へのまなざし、死刑執行人に対する差別への歴史があった。
王政→革命→恐怖政治→ふたたび王政とコロコロ政治のしくみが変わる中で、「死刑」というものの考え方も次々変わっていきました。そりゃあ、サンソン家も混乱しますよね。
「死刑」がもてはやされるものから、汚らわしい野蛮なものとみなされ、再び差別が強くなるのはかわいそうでした。
そんな不穏な情勢の中、サンソン家が仕事を変えられなかったのは、処刑人への根強い差別があったからこそです。
誰かがやらなければならない仕事なのに、差別され続け、最後は給料もさほどもらえなくなってしまう。やりきれない話でした。
『フランス史10講』柴田三千雄
ヨーロッパの中央に位置するフランス。そこは権力をめぐるかけひきが渦巻く場所だった。ドイツやイギリスなど近い国との関係とともに、フランスの権力構造の変化や、絶対王政、共和制ののなりたちを語る。
フランスがなぜ絶対王政を実現できたかというと、カペーの奇跡というカペー王朝の運の良さが挙げられます。比較的長命で君主の素質があり、また、跡継ぎに恵まれた王様が多かったのです。カペー朝の安定した政治でフランスは一気にヨーロッパ一の先進国に上り詰めます。
絶対王政を成し遂げた理由が一種の偶然であることが面白かったです。ひとりが有能なのならともかく、複数人が有能なのはそれは運でしょう。
王権を強めたフランスは、君主ひとりに権力が集中するようになります。
絶対王政をやっていたフランスですが、ヨーロッパでの革命の先駆けとなった国でもあります。徐々に王や貴族の権力が疑われるようになり、絶対ではなくなっていきます。革命からナポレオンの皇帝就任までは政治的な混乱が続きました。おごれるものも久しからずという感じです。
絶対的な権力もまた倒れ、新たなリーダーが誕生していきます。それに伴い人々の価値観も変わっていきます。そこが面白い本でした。
『山と川でたどるドイツ史』池上俊一
ヨーロッパの国、ドイツ。ドイツの歴史を追っていくと、森や山や川など、自然から大きな影響を受けていることがわかる。森の恵みを得て生活し、川から商業が発展し、山に畏敬を感じる。自然崇拝からドイツの文化、歴史を探っていく新書。
ドイツの歴史には森や山や川などの地形が大きく関係しています。森からの恵みを得たり、川沿いに移動をして商売をしたり。ドイツの古代から現代まで歴史と地形の関係を紹介していきます。
また、この本はドイツの自然崇拝について語っています。
たとえは原発の可否や森林保護などの環境保護に強い関心を示すドイツ人ですが、その裏にはキリスト教以前の自然への畏敬があります。
森や山に対する畏れは民族主義にも反映され、ナチスもドイツの自然を強く意識したプロパガンダや政策を打ち出しました。
その「ドイツの自然」へのこだわりは必ずしも科学的だったり論理的だったりはしません。むしろ非合理的で非科学的な要素も大いに含まれています。その価値観がわかる本でした。
『ナチの子どもたち:第三帝国指導者の父のもとに生まれて』タニア・クラスニアンスキ
ナチス政権が崩壊したあと、その指導者の家族はどうなったのか。子どもたちを追跡し、彼らの行動から「親の罪を背負うとはどういうことか」を紐解いていく。親の罪を否定するもの、親と対決するもの、その生き方は様々で……。
父親に溺愛されたグドルーン・ヒムラーやエッダ・ゲーリングは父親の罪を受け止められず、否定して極右運動に近づき、その旗印のように扱われています。
一方で真実を知りたいと望むニクラス・フランク、聖職者となったマルティン・アドルフ・ボルマン・ジュニアなど、何らかの形で親の罪を清算しようとしたり、向き合おうとしたりする子どもたちもいます。
親の罪を認めるのは、とても難しい。かわいがられていたらなおさら。親の罪を受け止め、行動を起こそうとする子どもたちでさえ、最初からそれを受け入れられていたわけではありません。
正直なところグドルーンやエッダの行動は全然不思議ではないのですが、被害者の目から見れば納得がいかないですよね。
「かわいがられていた」という優しい記憶に固執して、残酷な現実を受け入れることができない。防衛反応というのは生々しいです。
『夜と霧 新版』ヴィクトール・E・フランクル
ナチス・ドイツ政権下、ユダヤ人として強制収容所送りになったヴィクトール・フランクル。過酷な環境に苦しむ一方で、医師らしい冷静な視点で収容所を俯瞰する。アウシュビッツを生き延びた男性の手記。
観察によって力を保ち続けていた著者は、空想や内面世界に重きを置く人が、その力によって心を保っていることに気づきます。
怖い本というイメージがあるかもしれないけれど、それだけではないんですよね。困難なときに存在する希望の話でもあります。
だからあまり構えずに、読んでほしい本です。
印象的だったのは、麦を踏む人の話です。この男性の行動はまったく理屈にあってはいないんですが、感情としてはわかります。
でもこの感情を許してしまうと、世界は戦争に満ちてしまうので、危険なんですよね。平和にやっていくには、この感情を客観的に管理しないと……。
『イギリス史10講』近藤和彦
ユーラシア大陸の西の果て、島国として存在するイギリス。ブリテン島で暮らしていたケルト人の時代から、ノルマンコンクエストの時代、イングランド・スコットランドの確執、そして産業革命……。と、イギリスの歴史を10に分けダイジェストでお送りする新書。
いわゆる人がいっぱい死んだ野蛮な時代でも、その良しあしは脇に置き、淡々と述べてくれるところが安心できました。最近あまりグロかったり過激だったりする話題は苦手になってしまったので、クールに書いてくれて助かりました。
著者自身の意見もがっつり書かれているのは終盤の方だけなので、「意見はどうあれイギリス史を知りたい」という人には読みやすいと思います。
今「こういう歴史観が普通」とされていることにも、現代の研究ではこういう風にとらえ直されているという情報も面白かったです。こういうのは新しい本を読んでおかないと入ってこない価値観ですよね。
あと著者が映画好きなのか、「この時代のこの要素はこの映画に描かれている」というコメントがところどころにあったのも面白かったです。映画が好きな人はうれしいと思います。マイナーなのか、配信を検索しても出てこないものが多いですが……。
『王様でたどるイギリス史』池上俊一
現在は立憲君主制の国イギリス。その王家はいつからあるのか、どのような歴史をたどってきたのか。アングロ・サクソンの時代から、現在のエリザベス女王の御代まで、イギリスの国王と民衆との関係を解説する。
改めてイギリス史を俯瞰してみると予想以上に血なまぐさいですね。中世はもちろん、現代に近くなっても好戦的な文化が強かったようです。王も軍人として、総大将としての立ち位置が強かったみたいで、シャーマン王である日本の天皇家とは全然違います。(明治~昭和の戦争時には、天皇も軍人王みたいなところがありましたけど)
一方で、イギリスでは王権に対して絶え間ない闘争が行われています。ジョン欠地王に突き付けたマグナ・カルタに始まって、王を処刑したピューリタン革命、そして議院内閣制へ。君主制を維持しつつ、血なまぐさい歴史を潜り抜けつつも民主制に移行していったのは、イギリス人の闘争性ゆえなのかもしれません。
イギリスは君主制を必要としている、が、それは絶対ではない、という歴史が面白かったです。
『パブリック・スクール』新井潤美
イギリスにおける名門寄宿学校、パブリック・スクール。何度もフィクションの題材にされてきたそれは、どのようにイギリス文化に影響を与えたのか。パブリック・スクールの始まりと発展をなぞり、現代のパブリック・スクール事情についても語る。名門学校からイギリスを見た一冊。
興味深かったのはイギリスの上流階級は「教養」をあまり重視していなかった過去があることです。大事なのは立ち振る舞いやスポーツであり、教養がないことを自慢すらしていました。漠然とイメージする「上流階級」とは全然違って驚きました。
パブリック・スクールを舞台にした小説をパブリック・スクールに通う若者たち以外が読んでいたのも面白かったです。通っているのは一部なのに、パブリック・スクール=イギリスの文化という発想はここから来ているようです。紹介されている小説も教訓的なものから、露悪的なものまでさまざま。それだけ人気のあるジャンルだったんだろうなあ。
総じてパブリック・スクールのすごさは歴史にももちろんありますが、「パブリック・スクール的なもの」と「そうでないもの」という区別がイギリス人の中にあるということなのかなと思います。社会の共通の認識がある。
この本は、その認識がどこから来たのか、どのように広まったのか紹介する本でした。
『パスタでたどるイタリア史』池上俊一
イタリアの国民食、パスタ。小麦粉を練って作る麺で、短いもの、長いもの、変わった形のもの、さまざまな種類がある。パスタの歴史を紐解いてみると、そこにはイタリアの成り立ちや文化、ナショナリズムが関わっていた。今や世界中で食べられているパスタを元に、イタリア食文化の歴史を語る本。
イタリアのパスタは本当に多種多様で、その地方でしか食べられていないパスタや、カタツムリ型などの特殊な形状をしたパスタが存在します。その種類について読んでいるだけでも面白いです。
そして後半の、食べ物に過ぎないパスタがナショナリズムやジェンダーと結び付けられてきた歴史が一番興味深かったです。
小さな国家が乱立する状態だったイタリアにおいて、国としてまとまるには「統一された文化」が必要でした。その過程で、「イタリアといえばこれ!」という食文化も生まれて来たという話です。
イタリアに限った話ではないんですが、「国民国家」というものは作られるものなんだなと再確認しました。
『古代ギリシャのリアル』藤村シシン
「白亜の神殿、青い海」そんなイメージがある古代ギリシャの文明。しかし神殿は極彩色で塗られており、古代ギリシャ人たちはもともとは海を知らなかった。過去の人間の「後付け設定」を脇に置き、リアルな古代ギリシャを見つめる入門書。
かなり初歩的なところから解説しており、そもそも古代ギリシャについて知っている人は物足りなく感じるところもあるかもしれません。
しかしこの本が他の入門書と一線を画すところは、参考資料がきっちり載っているところです。神話を引用する場合も、どこの資料からとったかを表記しています。
その辺の適当な歴史入門書をめくったとき、「出典は煩雑なので省略する」と書かれてあってむかついたことがあるので、それに比べるとこの本は非常に誠実です。
アカデミックな意味での信用を本に持たせたうえで、初心者向けに書かれている本はなかなかありません。
巻末には、資料の中でもおすすめのものに解説がついています。参考資料を読むのが好きなので、今度チェックしておきたいです。
アジア
『新・韓国現代史』文京洙
戦後、南北に分割され、南側の朝鮮半島国家となった大韓民国。その歴史は、大国に翻弄され、弾圧や虐殺の爪痕残るものだった。歴史に韓国という国が登場した瞬間から、近年の韓国の諸問題まで、第二次世界大戦後の韓国の歴史をたどっていく本。
そもそも敗戦国でもないのに南北に国家が分断された時点でとばっちりなのですが、韓国の不幸はそれで終わりません。
軍事政権の中で弾圧、同国民同士の虐殺を経験し、西側・東側諸国の思惑に翻弄され続けていました。韓国を翻弄したのは、日本も含まれます。
隣国に同民族の独裁政権を抱え、悪化する経済に苦しむ韓国の姿はつらかったです。
韓国の人々はデモに対して迅速ですが、これを読んでいると「デモに迅速に参加しないと国が壊れる危機がいくつもあった」ということがわかります。そのおかげで韓国の人たちはとてもデモに慣れています。
その姿はたくましいですが、一概に面白がることもできません。それだけ民主主義の危機が何度も起こったということなのですから。
『ヒンドゥー・ナショナリズム』中島岳志
ヒンドゥー教を中心としてインドの大国化を望むヒンドゥー・ナショナリズム。著者は実際にインドの国粋主義団体を取材し、どのような人々が参加しているのか調べる。インドにおけるナショナリズムの勃興や、ナショナリストたちがなぜ増えるのかという問題にも切り込んでいく。
公的なものへの奉仕はいいことだと思うし、その中に「国家を大切にする」というものがあってもいい。けど公的なもの=自分の国家という図式になってしまうとなかなか怖いです。自分の国のメンツを保つために他の文化を貶めたり、国家に奉仕することだけが善行のように主張するのはよくないです。
一方で、こういうナショナリスト団体に所属している人たちはごく普通の人たちなんですよね。社会福祉から零れ落ちて居場所のない人、都会に出て自分の民族的アイデンティティを見失った人、暇なのでクラブ感覚でやれることを探している人。そういう人たちの受け皿が国粋主義的な団体にしかないというのは問題です。
私は現状食べるものに困らない生活をしているし、日本も今すぐ戦争することはなさそうなんですが、インドで育って隣国との戦争の危機がが日常的にあったら、似たようなことを考えてしまうかもしれません。
『ビルマ 「発展」のなかの人びと』田辺寿夫
かつて第二次世界大戦で戦地になり、今は軍事政権が支配しているビルマ(ミャンマー)。そこで生きる人々の文化と、民主化への戦い、日本との関係とは……。経済発展の中の苦しみと希望を語る新書。
ビルマに生活している民族のなりたち、アウンサンスーチーとは何者か、軍事政権が興った経緯について、などなど、かなり初歩的な話から説明してくれるので、ビルマについて詳しくない私でも読みやすかったです。でもざっくりした第二次世界大戦の知識があったほうがわかりやすいでしょう。
そして軍事政権に利するようなビルマへの投資、援助をしてしまう日本政府が……。しかし私だってビルマについて詳しくはないので、単純に日本政府だけを責められません。読んでいていたたまれなかったです。
すごかったのが在日しているビルマの人たちが積極的に行動を起こし、軍事政権へ利する日本企業の投資をやめさせようとしていることですね。ビルマへの投資セミナーでビラをまいたり、自分たちの文化や状況をわかってもらおうとしたり努力しています
そして彼らは平和的な活動をしているのに、日本政府から難民認定されない。彼らの立場を考えるととても理不尽だろうなと思います。
『トルコ 建国一○○年の自画像』内藤正典
イスラーム国唯一の世俗主義を掲げ、今日まで存在してきたトルコ。その内側には、宗教と政権の対立、クルド人をはじめとする国内のマイノリティへの苦悩が渦巻いていた。国内外の困難と、それに立ち向かおうとするトルコの人々。ニュースでは取り上げられないトルコを描き出す。
世俗主義といいつつ、イスラーム主義を意味もなく弾圧しているのは公平な社会とは言えません。
しかし、イスラーム教には政教分離ができないという欠点があります。
宗教が世俗主義を認めない社会で世俗主義をやるということはどういうことなのか、考えさせられます。
クルド人問題についても、過去この土地を支配しようとした欧米各国の思惑も絡んでいて、トルコだけで解決することのできない問題だとわかります。
トルコの悪いところだけではなく、いいところも書かれています。
イスラーム文化には相互扶助の思想があり、困っている人がいれば助けるのが当然です。トルコでも災害や戦争が起こると大規模な寄付キャンペーンが行われます。
また、インフレが起こっても、投資で損をしない立ち回りをするしたたかさもありました。
『イスラームからヨーロッパをみる 社会の深層で何が起きているのか』内藤正典
今、ヨーロッパでイスラーム教徒排斥の渦が巻き起こっている。ヨーロッパはなぜイスラームとの共生に失敗したか、イスラーム教徒の出身国では何が起こっているのか。ヨーロッパに偏った報道を批判しつつ、ヨーロッパとの軋轢を目の前にしたイスラーム教徒の苦悩を描く。
イスラーム諸国と西洋の国々との関係は難解で、一読してもわからなかったです。しかし中東で起こっている戦争が、先進国を含む国々の駆け引きや権力闘争によって起こっていることはわかります。
そして、戦争の悪い影響を受けるのは貧しい人たちや国を持たない民族です。イスラーム教徒の倫理から言っても危機的状況です。
著者はイスラーム教徒に同情的ですが、移民政策を推進しているわけではありません。むしろヨーロッパが後先考えずに移民政策をしてきたことを批判しています。
イスラーム教徒を都合のいい労働力として受け入れながら、文化の違う彼らがヨーロッパでどう暮らしていくかは無策でした。
そして、生まれた土地で平和に暮らしていけないことも関係しています。
この世には平和な国とそうでない国がある、ということがやるせなくなります。
南北アメリカ
『病が分断するアメリカ――公衆衛生と「自由」のジレンマ』平体由美
先進国で最も新型コロナウイルスの被害が大きかったアメリカ。アメリカの反ワクチンや反マスクの思想から、アメリカの分断を語る。アメリカに蔓延する医療、政治への不信感の原因とは……。
アメリカは先進国の中で新型コロナウイルスが最も蔓延した国です。しかし、その事実を聞いてアメリカの人たちは公衆衛生を理解しない愚かな人たちなのだろう、と解釈するのは気が早いです。
例えば黒人の人たちは、ワクチンの接種率が低かったのですが、それはかつて黒人の人たちが人体実験に遭い、医学に強い不信感を抱いているからです。
また、アメリカでは口を覆うマスクが、反社会的な行動や団体と結びつけられてきた過去があります。
一見、愚かな行動に見えたとしても、根底には社会への不信感があります。この不信感を、理屈だけで取り除くのは難しいでしょう。
結局、人は科学的事実だけで動かないので、感情に訴えていくことも大事なのでしょう。しかし、それは科学者が最も苦手とする行為だと思うので、難しいですね。
『暴力とポピュリズムのアメリカ史――ミリシアがもたらす分断』中野博文
アメリカの民兵組織「ミリシア」。トランプ大統領の陰には極右的なミリシアの支持があった。著者はミリシアの歴史を語りながら、アメリカの暴力行程の構造や、政府による暴力独占の失敗を説明する。混迷するアメリカの一つの原因を示す新書。
アメリカの民兵組織、ミリシアを中心としてアメリカ史を語ります。民主主義政権では政府だけが警察や軍隊組織を独占する必要があります。一般市民に軍隊を組織する権利を認めると、内乱や私刑のリスクが高まるからです。しかし、アメリカではそうならず、ミリシアという民兵組織が今も存在しています。
アメリカの歴史は暴力と共にあり、それは人権意識が進展しているときもそうでした。黒人の権利を認める運動では極右的な白人が暴動を起こし、白人警官が黒人を射殺すると黒人の暴動が起こりました。
アメリカにおける「暴力」というものの軽さに恐ろしくなります。
今はトランプ大統領を支持しない人に極右的なミリシアが脅しをかけるなど、表現や言論の自由が脅かされそうなことも起こっています。
アメリカの事情の苦しさがわかりました。
『先住民から見た世界史 コロンブスの「新大陸発見」』山本紀夫
「新大陸発見」による文化の変化は「コロンブスの交換」と呼ばれる。しかしその「交換」は「侵略」に等しいものだった。先住民が品種改良を重ねて食べられるようになったジャガイモやトウガラシ、トウモロコシは、「新発見」として諸外国にもたらされる。一方で先住民たちは病気に苦しんでいた。
著者が繰り返し語っているのは、「ヨーロッパにとっての『発見』は現地の人たちにとって不断の努力でなされたもの」ということです。
ジャガイモやトウガラシの品種改良を行ったのは現地の人ですし、富を保管するような倉庫もありました。しかし、ヨーロッパ人はそれを「発見」し、文化を破壊するとともに自分の成果としてそれを持ち帰りました。
イモ類やトウガラシの農作物、梅毒という性感染症は日本にも到達し、歴史に影響を与えました。
ヨーロッパ人は馬や牛、黒人奴隷も連れてきました。一部の馬や牛は野生化し、それを追って捕まえる仕事が生まれます。黒人たちは過酷な労働に苦しめられましたが、南北アメリカにアフリカの音楽をもたらします。侵略によって、社会は大きく歪められ、広がっても行きます。
同時に、ヨーロッパ人の来訪は天然痘などの病気を発生させ、免疫のなかった先住民の多くが死亡しました。一族が全滅してしまったところもあります。
「コロンブスの交換」という柔らかい表現だけでは言い表せない、侵略行為に等しい状況でした。
モノの歴史
『人とミルクの一万年』平田昌弘
乳製品にまつわるフィールドワークをしている著者は、アジア、ヨーロッパにおける乳製品の利用について語る。乳製品はどのようにして人間に利用されるようになったのか、そして現代乳製品はどのような文化をもたらしているのか。ミルクの不思議を感じさせる新書。
高いカロリーと栄養素、おいしさを持つ乳製品はさまざまな場所で利用されてきました。
各民族は乳をバターやチーズに加工し、保存可能な状態にして暮らしてきました。その過程には民族ごとに特色があります。家畜の胃を利用して保存しようとするところが面白かったです。
この本では、乳製品がバターやチーズになる科学的な理由にも触れています。
一方で、動物の子どものために分泌されるミルクを人間が利用するには困難が伴います。いわば人間は動物のミルクを泥棒しているようなものなので不自然な行為なのです。酪農が機械化された現代は特殊な状況なのだなあ、と感じました。
文章のところどころで著者が各国の乳製品の味を解説してくれるのですが、その説明がおいしそうで楽しかったです。私も海外の乳製品を食べたくなってきました。
『世界史を変えた薬』佐藤健太郎
普段私たちが何気なく使っている薬は、実は世界史を買えた薬かもしれない……。サイエンスライターである著者が、薬の歴史やその成り立ち、医者たちの感染症への攻防を描く。薬の見方が変わるかもしれない一冊。
アヘンとその派生であるモルヒネやヘロイン、鎮痛剤であるアスピリンなど、有名な薬の話が多いです。薬学に詳しくなくても、名前くらいは聞いたことがあるのでは。
人間の免疫システムを破壊する病気、AIDSに関する医者たちの戦い、性感染症である梅毒の蔓延と弱毒化など、歴史的な医学VS病気についても書かれています。
今は当たり前に飲まれている薬は、実は科学者の努力の積み重ねで生まれたのは面白いです。
一方で、この本には少々倫理に欠けた科学者も出てきます。後年科学的根拠のない思想にドはまりしたり、他人の業績を奪い取ろうとしたり。知識を持ち、科学的思考が可能であっても、その人が善人かは別の話なのでしょう。
『砂糖の世界史』川北稔
お菓子にやコーヒー、紅茶に甘味を加えるために使われている砂糖。その歴史は、植民地支配と深く関わっていた。砂糖をめぐる欧州の国々と植民地の関係、そして、コーヒー、紅茶、チョコレートという他の商品作物との関係を説明する。
砂糖の栽培は、植民地支配に強くかかわっています。欧州の国々は奴隷労働によって多くの富を得ました。それは、現地の経済や文化を破壊することでもありました。
砂糖の大規模栽培の前にも格差はありました。しかし砂糖によって、格差が拡大します。国の中の格差ではなく、グローバルな格差です。
砂糖によって生まれた格差は、今日でも続いています。現在、ハイチでは治安の悪化が深刻になっています。それももとをたどれば、砂糖が関係しているのです。
植民地支配はよくなかったでしょう。しかし同時に、幸せと不幸はあざなえる縄のごとく表裏一体なのだと感じます。その幸福と不幸はあまりにも偏りすぎていました。現代は搾取はよくないという方向になろうとしています。今後は砂糖の恵みが、平等に分け合える社会になればいいと思います。
『トラクターの世界史 人類の歴史を変えた「鉄の馬」たち』藤原辰史
『コルセットの世界史』古賀令子
ウエストを締め付け、くびれを作る下着コルセット。それはどこから発祥し、どのように発展していったのか。図やイラストを見せつつ、コルセットの歴史を解説した本。
コルセットは、ライフスタイルの影響や、女性解放運動の中ですたれていきます。
しかし、流行中は、男性からむしろ「締めすぎ」と思われていたところを考えると、コルセット=呪縛というわけではないんだなあと思いました。女性の流行というのは、男性の影響はあまりないんですよね。
現代は、レトロファッションのひとつとしてコルセットが使われています。昔は下着だったと思うと、不思議な格好ですね。
巻末に、コルセットの注文の仕方まで書かれているのが面白かったです。ここまでしてくれる学術書はそうないですね。
『暖房の文化史:火を手なづける知恵と工夫』ローレンス・ライト
人間が寒さから逃れるために作り出した「暖房」。たき火から暖炉、ストーブ、薪から化石燃料へと、テクノロジーの進歩によってそのしくみは変わっていく。暖房から人類の歴史を考察する本。
読んでいると「文化史」というより「テクノロジーの歴史」といった感じがします。
火を効率的に使い、部屋を暖めるにはどうすればいいのか。その時代の人ごとに、限られた資源や状況の中工夫していたことがわかります。
なんとなく「昔はテクノロジーなんかなかった」とイメージしてしまいがちでしたが、「その時代にはその時代にあったテクノロジーがあるのだ」と気づかされました。
薪と暖炉は化石燃料が活用されていなかった時代のテクノロジーだし、ボイラーは電気のエネルギーが一般的ではなかった時代のテクノロジーなんですね。
読んでいて自分の中の固定概念に気づかされたので、良い本だったと思います。
『大聖堂・製鉄・水車』ジョセフ・ギース&フランシス・ギース
ローマ時代の技術が失われ、停滞の時代だと思われていた中世ヨーロッパ。しかし本当にそうなのだろうか? 著者は今にもつながるテクノロジーの歴史を振り返り、中世は「暗黒時代」ではなかったと示す。
ときどきある「現代人が技術でチートするファンタジー」に出てきそうなネタがたくさんあるので、そういう話を書きたい人にはおすすめします。銃や大砲ののなりたち、水車の構造、活版印刷の黎明、よりどりみどりですよ!
モノクロではありますが、図の資料もたくさんあるのがありがたいです。特に当時の機械の構造図は、昔のメカが好きな人や、クロックパンク的な話が好きな人には参考になりそうです。
本題である「中世は暗黒ではない」という主張も、スリリングで面白かったです。植民地支配におけるヨーロッパの覇権は偶然ではなかったのだなと再確認しました。
さまざまな要素の積み重ねで、歴史は紡がれていくのですね。
個人の歴史
『病魔という悪の物語 チフスのメアリー』金森修
アイルランド系移民で館の使用人だったメアリー・マーロウ。料理が上手く屋敷の主人からも信頼を得ていたが、彼女は腸チフスの無症状キャリアだった。今まで働いた屋敷で何度も腸チフスを感染させてきた彼女は、無理やり社会から隔離させられる。しかし、それは正しいことだったのだろうか……。
繰り返されるのは、メアリーが「チフスをばらまいた毒婦」でも「かわいそうな被害者」でもなく、普通の人だったという事実です。無症状キャリアの象徴となる前に、ただの人間だった。著者はその人間としてのメアリーを見ろ、と伝えて来ます。
そして、その「普通の人間」に対して、公衆衛生はどこまで介入していいのか、という話でもあります。
メアリーはたくさんいたキャリアのひとりでしかありませんが、当局のメアリーへの態度は執拗です。腸チフスがさほど脅威ではなくなった時代にも、隔離は続けられてきました。
合理的理由や保証がないままに、ひとりの女性が人生を狂わされた。公衆衛生のためとはいえ、それが許されるのでしょうか?
この問いに明確な答え、明確な線引きはありません。だからこそ著者はこの本をすっきりしない内容のまま書いたのではないでしょうか。
『チューリング 情報時代のパイオニア』B・ジャック・コープランド
ドイツ軍の暗号機、エニグマを解いたアラン・チューリング。彼はコンピューターの原型を作り、後世に多大な影響を与えた。暗号機の仕組みや、最初期のコンピューターのなりたちとともにチューリングの人生を伝記にした本。
興味深かったのは、チューリングの時代にすでに人工知能研究をしていたこと。「機械が思考すること」とはどういうことか考えていくことは、「人間が思考すること」とは何かという哲学的問いにつながっていくという考えは今も通じるものです。
コンピューターの技術はどんどん進歩しています。チューリングの未来予想は当たったものも当たらなかったものもありますが、コンピューターを通して人間のあり方を考えるというのは今も変わらない情報分野のテーマだと思います。
プログラミングで仮想の生物を作り出し、研究に役立てることもチューリングが初めてやったそうで、びっくりしました。
『ジョージ・オーウェル―「人間らしさ」への賛歌』川端康雄
『1984』や『動物農場』などの全体主義への批判を小説に書いたジョージ・オーウェル。彼の生い立ちや作家になった後の人生を語りながら、オーウェルの持つ価値観について考える。戦前・戦中、冷戦時代を生きた。ひとりの作家の激動の人生とは。
一人の作家が植民地支配の支配側、戦争、そして冷戦時代を生きた話としては面白かったです。
オーウェル自身が「『動物農場』や『1984』は共産主義だけを批判しているのではない」と明言していますが、これらの出版にまつわるごたごたを知ると納得するものがあります。
いわゆる西側であるイギリス内ですらオーウェルの作品の持つ強い政治性を警戒し、作品の一部を削除されそうになります。
ソビエト・ロシアよりは「今はまし」なだけで、どんな政治思想にも権力への傾倒、表現規制は起こりうるというのはしみじみ感じました。
オーウェルといえど人間なので時期によっては差別的なことを言っていることもあります。しかし、人間ってこういうものだよなあ、というリアリティがあります。
植民地支配の支配側を経験したことで階級に対する嫌悪感を持つようになったのが、何だか生々しかったです。
『マルティン・ルター――ことばに生きた改革者』徳善義和
16世紀ごろ、宗教改革のきっかけとなり、ルーテル教会の祖となったマルティン・ルター。彼の人生をたどりつつ、その思想に迫る。ルターが大きく変えた、ヨーロッパの宗教観とは……。
ルターは「九十五箇条の提題」を提出し、広く議論を呼びかけました。
許される許されないではなく、「罰から自由になる」といういい方はいい得て妙だと思います。罪が許されることと、罰がないことは違うんですよね。
「教会と人間」の関係より、「神と人間」の関係に重きを置いて、民衆にとって救いとは何かを探っていくルターはかっこよかったです。
彼の功績をたたえる一方で、ナチス・ドイツによる著作の歪んだ利用など、闇の部分にも言及しているところに誠意を感じます。
著者はルーテル教会系の神学校を出ている方ですが、だからといって盲目にならず、言うべきことはきちんと言っておく姿勢は素晴らしいです。
以上です。興味があれば読んでみてください。





























