あらすじ・概要
普段日常生活で何気なく使っている言葉。その言葉には様々な偏見がある。女性の一人称をめぐる社会の偏見や、フィクションに登場する外国人たちの言葉、方言に対するステレオタイプと新たなアイデンティティの付与など、変化していく言葉の姿を追う本。
言葉と無意識のステレオタイプ
言葉の中の無意識のステレオタイプについて語る本。
日本語を話す人は日本人に違いないというステレオタイプや、ディズニーアニメの悪役はなぜ外国なまりの言葉を話すのかという問題、日本語の一人称にひそむジェンダー観の問題などを扱っていきます。
同時に社会で流行っているエンタメのキャラクターのせりふを例に出し、物語に存在する偏見についても考えます。
言葉によるアイデンティティの確立は他者の排斥と裏表です。そこが生々しいですね。
日本語を話す人=日本人という偏見で思い出しましたが、私の周囲には日本に移住してきた外国人の二世三世が多かったので、日本語が母語=日本人という感覚がありませんでした。なのでこちらから国籍のことは何も言っていないのにもかかわらず「あなたは日本人」という前提で話しかけられてめちゃくちゃびっくりしたことがあります。
この世には外見も言葉も日本人だけど国籍は海外という人がいる、と想像したことがないんでしょうね。
方言もまた、地方の言葉以上に物語の中で何らかの意味を付与されています。
たとえば東北の方言は翻訳であっても「田舎者」を表す記号として使われています。いわゆる野蛮人の話す言葉として使われることも。よく考えたら東北の人にも「野蛮人}(この言葉自体が最悪ですけど)の人たちのも失礼です。
物語は人を楽しませるものだからこそ、安易にステレオタイプに流されず、「もっと違う考え方もできるんじゃないか?」と疑っていくのが大事だと思いました。

