あらすじ・概要
セクハラによって「壊れる男たち」。セクハラをする男としない男はどう違うのか。著者は労働相談の仕事をしていたために、セクハラで訴えられた男たちを何人も見た。その醜くあさましい、実例をつづっていく。そして、セクハラをする男をめぐるジェンダーについて考える。
労働相談に寄せられた理不尽すぎるセクハラ例
労働相談の仕事をしていた著者が、実際に見たセクハラ男性たちの実例を描き出す本。
実例はかなり生々しいので、性加害のトラウマがある人は読まない方がいいかもしれません。
どれも最低だけど「絶妙に現実にいそうだな……」と思ってしまうのがむなしいですね。
相手は自分に気があると思い込む、男たちの脳内と現実のずれが恐ろしいです。
セクハラする男はなぜするのか、著者はこのような仮説を立てます。
社会のジェンダー観の変化によって、男性は履かされた下駄を脱ぎ、分相応に生きることを迫られています。
しかし、「分相応に生きる」ことを受け入れられず過去の権威にすがってしまう人間がセクハラをするのではないか、と。
私は的を射ている意見なのではないかと思いました。
登場する男たちは強い自分自身にこだわっているように見えます。上司であっても男性であっても恋愛においてはひとりの人間、相手に受け入れられないことも当然あるのだ、と言う事実が受容できていないわけです。
自分の失敗が受け入れられない人たちの末路について考えてしまいました。
『性と法律――変わったこと、変えたいこと』角田由紀子 岩波新書 感想

