今日の本は『薬指の標本』です。
大学生のころから何回も読み返した本です。今回も読みたくなったので。
あらすじ
楽譜に書かれた音、愛鳥の骨、火傷の傷跡……。人々が思い出の品々を持ち込む〔標本室〕で働いているわたしは、ある日標本技術士に素敵な靴をプレゼントされた。「毎日その靴をはいてほしい。とにかくずっとだ。いいね」靴はあまりにも足にぴったりで、そしてわたしは……。奇妙な、そしてあまりにもひそやかなふたりの愛。恋愛の痛みと恍惚を透明感漂う文章で描いた珠玉の二篇。
(新潮社HPより)
甘くて美しくて、ぞっとする話
このふたつの作品は基本的にきれいなんですが、その中におどろおどろしさがあって、そのギャップが面白いです。
スイカにかける塩のように、闇の深い内容や、苦しみの表現も美しさの一部になっています。
ぞわっとする、その感覚がくせになって何度も読み返す作品になりました。
各話感想
薬指の標本
標本室で働く女性と、標本技師の男性の密やかな恋物語。
美しくて淡々としているけれども、読み進めると「うわあ」となってくる作品です。
後味の悪さすら、一種のアクセントになっている気がする耽美な作品でした。
一番ぞっとするのが、靴を標本にすることを提案されたときの「わたし」の言葉です。
「でも、わたしもうこの靴を脱ぐつもりはないんです」
長い沈黙のあと、わたしはつぶやいた。
「自由になんてなりたくないんです。この靴をはいたまま、標本室で、彼に封じ込められていたいんです。
(P87)
甘くて恐ろしい、決意のシーンでした。
六角形の小部屋
恋人と別れた主人公は、ひとりでおしゃべりすることができる六角形の小部屋にたどり着く。
小部屋を必要とするときを見定めないといけない、ということがぴんとこなかったけれど、終盤でちょっとおかしい感じになった主人公を見ていると、こういうことなのかなと思いました。
小部屋は、そっと去っていくのが誠実な態度なのかもしれません。
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