ブックワームのひとりごと

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【アメリカ的タフガイが「何者かでなければならない」という呪いを打破する】ディズニーアニメ『バズ・ライトイヤー』感想

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バズ・ライトイヤー (吹替版)

 

あらすじ・概要

故郷の星への期間を目指す人々のため、ハイパー航法の試験飛行を行うスペース・レンジャーとして宇宙に飛び出すバズ・ライトイヤーは、ウラシマ効果によって星で暮らす人々との時間がずれていく。ハイパー航法の実験が打ち切りになり、人々が故郷を目指さずこの星で生きていくことを決めたとき、バズは勝手にハイパー航法の試験を実行する。

 

懐かしい感じではあるがオチは現代的

バズが懐かしい感じのアメリカのタフガイですが、「トイ・ストーリーのおもちゃ、バズ・ライトイヤーの原作」としてはこれはこれでリアリティがあります。

 

冒頭からほのかな恋心を持っていた相手がパートナーを持ち、家族を築き、人生をやっていっているのに、バズは若いまま、ひたすらハイパー航法の試験を繰り返していきます。愛はありますが、業が深い描写でした。

実質的に時を超えたバズは好きだった人の孫と出会いますが、彼女とラブストーリーは展開しないところがいいですね。かつて好きだったあの人とは別の人で、あくまで面影がある人なんですよね。

 

わかりやすいヒーローであるバズが、「自分は何者かでなければならない」という感情に呪われていることに気づくところは、とても現代的でした。

自分の役割にこだわり続け、それが他人を不幸にしてても成し遂げようとする行為は、自由ではありません。バズが自分自身と向き合うことで、状況が打開されるところが面白かったです。