ブックワームのひとりごと

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交通遺児に好きなだけ泣く時間を与えないの、あまりにも悪趣味―『若おかみは小学生!』(アニメ映画版)【ネタバレ有】

 

若おかみは小学生!

今日の更新は、『若おかみは小学生!』です。

 

あらすじ・概要

事故で両親を亡くし、祖母の経営している旅館に引き取られた織子ことおっこ。おっこはそこで、幽霊のウリ坊と出会う。ウリ坊の提案で旅館の若おかみになったおっこは、掃除や接客、配膳など、旅館の業務に携わっていく。

 

なぜ大人の客は癒されて、子どものおっこは癒されないのか

いやーやべえ作品だった。主に子どもを育てる人間の視点で言うと倫理がありません。端的に言うと何で交通遺児にゆっくり悲しむ時間を与えないでいい話っぽく終わってるんじゃないよ!

 

一番象徴的なシーンを挙げます。春の屋に、あかねという母親を亡くした少年とその父親がやってきます。おっこは、その子のためにプリンを作ってあげます。

この時点で、親を亡くした子どもに特別なケアが必要なことを、周囲はわかっているはずなんですよね。でも、その癒しはあかねくんにはあっておっこにはない。その非対称さにぞっとしてしまいました。

なぜおっこの周囲の大人たちは、あかねがそうされたように、両親の死をゆっくり悲しみ、少しずつ立ち直っていく時間を与えないのでしょうか?

さらに父親に対して態度の悪いあかねにキレたおっこを、峰子はプロ意識の視点で叱りもする。いやそれ以前の問題だろうて……。ひょっとして、親を亡くして情緒不安定になっているのかもという可能性を少しも考えないのが怖いです。

 

ラストの、事故を起こした相手を許すシーンも、あんな子どもが理不尽を受け入れる必要なんかなくない? と思ってつらかったです。

起こったことが変えられないのは当たり前のことだけれど、おっこにはその理不尽に怒り、絶望し、気が済むまで泣く権利があるはずです。それを「ひとりじゃない」とかいうあいまいな言葉で片付けてほしくなかったです。

 

とはいえこれはおそらく、「大人同等に仕事をしてみたい。大人に頼られてみたい」と思うような子どもに向けて書かれた物語だと思うので、私がこういう話をするのも詮無いことではあるでしょう。

子どもが大人顔負けの活躍をすること自体は児童文学の王道です。だけど、そのために事故で両親殺したり事故遺児に加害者を許させたりして、変に感動ものに持っていくのは悪趣味に感じました。

若おかみは小学生!

若おかみは小学生!

  • 発売日: 2019/03/15
  • メディア: Prime Video