ブックワームのひとりごと

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女ことばの歴史はことばとイデオロギーの関係を表している―中村桃子『女ことばと日本語』

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女ことばと日本語 (岩波新書)

 

あらすじ・概要

小説の中や映画の中で女性が話している「~よ、~だわ」という口調。しかしながら、この話し方をする女性は全国的に見てもそれほど多くはない。なぜ、フィクションの中でこのような話し方が流布しているのか。「女ことば」の歴史を追いながら、「ことば」が家父長制の道具となってきた事実を語る。

 

国語教育って怖いよね

結構観念的な話題が多くよくわからないところも多かったですね。その辺は理解できているか自信がありません。

 

本のテーマは、「女ことばがいかに『作られた』ものか」ということです。東京の女性は最初から「~だわ」としゃべっていたわけではありませんでした。しかし女学生が使い始めた「~ってよ」「~だわ」という言葉が、いつしか「女性」を象徴するような話し方になり、「女ことば」としてイデオロギーに組み込まれていきます。

「標準語」という概念がそうであるように、「ことば」はイデオロギーの道具となるから怖いところがありますね。国語教育の責任は重い……。

私は「美しい日本語」という言葉が大嫌いなのですが(美しさというのは耳障りがいいだけの単語や定型文ではなく、文脈に宿るものだと思っているので)これに嫌な感じがするのはごりごりにことばをイデオロギーの道具としているからだと気づきました。

 

余談なんだけれど、私は大阪出身で、大阪ではテレビもラジオも大阪弁をしゃべるので標準語の「女ことば」というものを生で聞いたことがありませんでした。初めて聞いたのは受験のために上京したとき、「道行く人がテレビドラマみたいな女ことばを話してる……」と衝撃を受けました。

 

東京でも「てよだわ言葉」を話すのは一部の地域の年齢が高い人だけで、こんな局地的にしか使われなかった言葉を「標準語」として扱ってきたのは変な話だと思います。

フィクションの中にたまに出てくるくらいならいいけど、女キャラをなんでもかんでも「てよだわ」にするのは違和感があります。その辺、リアルに即したものにしてくれないですかね?

 

メインの話題ではないけれど、女学生が書生ことばを使っていたというエピソードが面白かったです。書生の言葉を使ってごりごり勉強をする女学生、見たい。

女ことばと日本語 (岩波新書)

女ことばと日本語 (岩波新書)

  • 作者:中村 桃子
  • 発売日: 2015/01/22
  • メディア: Kindle版