
(現在リライトのため工事中です)
自分が精神疾患持ちなのもあり、精神疾患をテーマにしたコミックエッセイは、見かけたらなるべく読むようにしています。今回は、その中からおすすめのものをまとめてみました。
発達障害
クラスになじめない子の話『ニトロちゃん みんなと違う発達障害の私』
クラスに上手くなじめず、空気の読めない行為ばかりしてしまうニトロちゃん。教師たちは彼女の扱い方がわからなくて困惑する。さらには教師によるいじめにも遭ってしまう。なぜ自分ばかりひどい目に遭うのかわからないニトロちゃんは、それでも成長していく。
人とどこか違う、ニトロちゃんが子どもたちや教師にいじめられながら成長していく話です。
ニトロちゃんは著者の子ども時代をキャラクター化したもので、自伝的な漫画です。
体罰は当たり前、それ以外の加害行為も描かれているのが心が痛みます。
体罰を受けていたのがニトロちゃんだけではなく他の生徒も含めてのようなので、学校の治安の悪さを感じます。時代的なものがあるとはいえ大変です。
ニトロちゃんは最後に自分のことを他の子どもと同じように扱ってくれる教師に出会います。
むやみに叱ることはせず、理不尽な状況からはかばい、進路についても相談に乗ってくれます。
優しくされた……というよりも、教師としては当たり前の行動でしょう。
しかし、その当たり前の行動すらニトロちゃんはなかなか得られなかったのです。ニトロちゃんが喜んでいるのを見て私もうれしい反面、複雑な感情になりました。
子どもの頃のことを振り返る『凹凸あるかな?わたし、発達障害と生きてきました』
大人になってから発達障害に気づいた著者。彼女は自身の人生を振り返る。空気をうまく読めなかったこと、人の意見を真に受けすぎていたこと……著者の近くの発達障害の人々も紹介し、発達障害の人々の悩みを考える。
4コマなのでボリュームが多く、たくさんエピソードが読めるのもよかったです。
淡々としつつ、善悪織り混ぜた内容でしたが、著者らしい作風でよかったです。メッセージが明確な話より、こういう内容の方が著者に合っていると思いました。
著者の周りの発達障害の人々についても語られます。
伴侶に発達障害の診断を受けてほしいと頼まれた人、牧場で働く人、家族に発達障害がいる人。
それぞれの事情、それぞれの感情があって面白かったです。
読んでいると、素直すぎる人は人に騙されやすいと感じます。
著者が善人かというとそうではありません。しかし空気が読めないことを理由にからかったり、だましたりするのはよくないです。
周囲の理解がどうというより、隙あらば人をからかおうとしてくる人はだめですね。
強迫症(強迫性障害)
神様の命令に従っていたら病気になっていた『高校生のわたしが精神科病院に入り自分の中の神様とさよならするまで』
ごく普通の高校生の著者は、ある日神様の声が聞こえるようになった。神様の「〇〇を触れ」という命令に従うと、心が安らかになる。しかしそれに従っているうちに、どんどん命令は増え、食事まで禁止されてしまう。著者はどんどんやせ細り、家族との関係も悪化していく。
病気によって特定の行動を繰り返してしまうことを「神様の言うことを聞く」と表現し、自分自身が生み出した神様に操られていく。精神科病院に入院するまではどうなるんだろうこの話……とはらはらしました。
精神科に入院したことをきっかけに、病気が快方に向かったのは本当によかったです。どんな人も精神疾患になってしまうことはあると思わせてくれる本でした。
几帳面な性格から強迫神経症へ『几帳面だと思っていたら心の病気になっていました』
几帳面で心配性だった著者。しかし鍵や火元の確認、手洗いなどを妄執的にやってしまうようになった。不安が過ぎてひきこもってしまった著者は、心療内科を受診する。そこで得た診断は「強迫神経症」だった。著者は病気を克服するためいろいろな方法を試す。
著者が描く心理描写が秀逸で、ただの「心配性」がどんどん悪化していくさまは怖ささえ覚えました。自分で見たもの、触ったものが信用できなくなっていく恐ろしさ。著者はきちんと鍵をかけても、虫がいないよう野菜を洗っても、「危険な要素があるのではないか」と延々と悩んでしまいます。
前半の描写が真に迫っていたゆえに、後半の著者が病気と向き合い、少しずつ対策を取っていくところには安堵しました。道のたばこを踏み消して回るのには全速力で走ると地面が気にならない、とか、接触への恐ろしさは手袋をする、とか、行動を変え、恐怖や不安と付き合い改善方向へ向かうことを目指します。
最後は希望のある終わり方でよかったです。
強迫性障害の漫画家が不安に悩まされる『強迫性障害です!』
闘病して亡くなった父を「汚い」と感じたことをきっかけに、強迫性障害になった著者。不潔への恐怖や、コンピューターウイルスへの不安、何度も鍵をかけたことを確かめるなど、強迫的な思考に悩まされることとなる。そんな中、漫画の賞を取り、連載をすることに。
不潔が怖くて何回も何回も手を洗ってしまったり、原稿用紙を汚すのが怖くて儀式的な行動を繰り返してしまったり。
普通の人にはよくわからない行動でしょうが、私自身不安が強いタイプの人間だし、強迫性障害の人と接したことが何度かあるので気持ちはちょっとわかります。
不安を意識するほど、不安になりたくないと思うほど、逆に不安は大きくなっていきます。その混乱を丁寧に描いているところが面白かったです。
著者に「強迫性障害による行動を肯定はしないけど何だかんだ付き合ってくれる友達」がいるところもよかったです。肯定してしまうとますます思い込みが強くなってしまうかもしれませんが、友達付き合いを止めず気長に付き合ってくれるところが素敵です。
続編に『強迫性障害治療日記』もあり。
強迫性障害の夫と漫画家の妻の山あり谷ありの生活『うちのOCD(強迫性障害/強迫症)』
漫画家を志す女性、しらみずさだこが出会った男性はOCD(強迫性障害)だった。ふたりは付き合い結婚するようになるが、だんだん彼の異質な行動が目立つようになる。著者は夫の脅迫的行動に振り回され疲れ果ててしまう。この生活の出口はどこにあるのか……。
ただ、金銭的な理由からクリニック認知行動療法を受けることが難しい彼らが、自分なりに脅迫的行動を減らしていくために工夫するところは面白かったです。自分なりにやってもプロがやるのと似たような結論になるのが興味深いです。
調子のいいときは脅迫的行動をやめるようチャレンジしてみる、小さなハードルからこつこつこなしていく、そんな地道な作業が病を改善させていくんですね。
結構な間妻は夫の言動に巻き込まれて振り回されており、「伴侶のおかげで病気が治りました!」という内容ではありません。それでもここまで寄り添って生きられたのは何だかんだお互いに情があったからでしょうね。
つらい内容ではありますが、語り口が冷静なのであまりつらくなりすぎずに読めました。
統合失調症
統合失調症の女性と年上男性のラブストーリー『人生仮免中』
元AV女優で、統合失調症を患う著者は、20歳以上年上の男性、ボビーと恋に落ちる。一緒に暮らすふたりは、けんかをしつつも愛し合っていた。しかしヨガを始めたことをきっかけに勝手に減薬した著者は、統合失調症を悪化させ、歩道橋から飛び降りて大けがをしてしまう。
闘病ものかと思ったらラブストーリーでした。病気ゆえにいつも行動がおかしく、妄想や幻覚に悩まされている著者を、恋人のボビーさんは献身的に支えます。しかし年の差ゆえに、「彼女にはもっと若くていい男性がいるのでは」という思いが抜けず、それで何度もけんかをしてしまいます。
著者も病気のことを踏まえてもいつも変だし、ボビーさんもやくざな仕事をしていた過去があって、問題のない人ではありません。
しかしそんなふたりが、支え合い、愛し合うことができるというのは、ひとつの救いでした。
統合失調症の美大学生の苦労を描く『統合失調症日記』
高校生のときに統合失調症になった著者。幻聴や幻視、妄想など、病気の症状に悩まされ、暴れたり独り言を言ったりを繰り返していた。今は症状を薬で抑えつつ、美術大学に通っているが……。
幻視や幻聴の描写が興味深いです。著者の幻聴は男、女、子供の三人で、キャラクター性があります。頭の中でやかましく会話し、悪口や罵倒をするため、衝動的に「うるさい」「黙れ」と言ってしまって不審がられることもあります。
しかし一方で、統合失調症の人はこんなにやかましい世界に生きているのか、とびっくりしました。いつも罵倒され悪口を言われ、しかもそれが自分以外の誰にも聞こえない。それはすごく孤独だし、腹立たしいでしょう。いつもイライラしているのにも納得がいきます。
統合失調症の人の主観の世界を垣間見られて面白かったです。
精神科病棟ってこんなところ『こころを病んで精神科病院に入院していました』
刺激への依存によって統合失調症になってしまった著者。精神科の閉鎖病棟へ入院し、そこで淡々とした日々を過ごす。患者の人たちや、看護師さんとの交流を経て、著者の病状は少しずつ良くなっていく。
あまり起伏がなく淡々とした語り口なんですが、そこが逆に読みやすくてよかったです。自分自身の感情に少し距離を置いて、観察する視線で書いてあります。保護室に入るなどの怖いシーンも、作中は混乱しているんですが、描いている著者自身は冷静です。
著者が入った閉鎖病棟は、うつの人がほとんどだということもあって、静かな環境だったようです。そこでやりとりする会話、問題になることは非常に庶民的なもので、壁の中も外もあまり変わりないんだなと面白くなりました。
閉鎖病棟にも一種の「日常」があって、誰かの異常は誰かの普通なのだなあということを再確認しました。
焦ったり自己嫌悪になるのはあるある『今日もテレビは私の噂話ばかりだし、空には不気味な赤い星が浮かんでる ~統合失調症の私から世界はこう見えた~』
統合失調症を発症した著者は陽性症状(幻覚や妄想)に苦しむ。薬を飲んで激しい症状は収まったものの、社会復帰に手こずり自分の存在意義に悩む。著者は周囲の人に支えられながらも生活していく。
社会復帰をしようとしてあせって病気が悪化してしまったり、病人であることに後ろめたさを感じてしまったり、あるあるだなあと思いました。
統合失調症の幻覚や妄想で徘徊する姿を近所の人に見られてしまい、笑われたり気味悪がられていたりしないか不安になるところが不憫でした。
うつだけならただうじうじしているだけなんだけど、妄想を伴う病気はこういうところがつらいです。病気に遭ったあとも変わらず著者にあいさつしてくれた近所の人の何気なさが染みました。妄想のせいで処方された薬を毒だと思い込んで飲まなかったのも印象深かったです。飲んだら楽になるのに妄想がそれを邪魔するという罠。妄想って本当に大変ですね。
Twitterのフォロワーや福祉支援員などのゆるいつながりで社会復帰をする『統合失調症になった話(※理解ある彼君はいません) 』
あるときから、幻覚や妄想に囚われるようになった著者。ついに地元を遠く離れた場所で措置入院となり、閉鎖病棟で治療を受ける。やがて退院して社会に戻った著者は、ヘルパーとして働くも陰性症状に悩まされる。統合失調症の発症から、社会復帰までを描くコミックエッセイ。
闘病記は病状が落ち着いたところで終わることが多いですが、この作品は福祉の力を借りて社会復帰をするところまでが描かれていて興味深いです。
実際のところ、病気が重くなくなっても生活は続くので、仕事を含め生活の話をするのは大事だと思います。
激しい幻覚や妄想に襲われ、措置入院(本人の同意を得ずに入院させること)まで至った著者が、正しい治療と規則正しい生活で就活をするまでに至ったところがなかなかすごいです。
この作品には理解のある家族も、親しい友人も出てきません。しかし著者は、Twitterでのつながりや、精神障害に理解のある上司、福祉の支援員など、多くの人に支えられたと言います。
ひとつひとつはささやかなつながりであっても、著者がその助けを受け入れ行動することで、状況は好転します。
極端に親しくはなくても、困っている人を助けられるという事実は、支える側としても励みになるのではないでしょうか。
パニック障害
パニック障害を抱えながらの子育て『パニックママでもいいじゃない』
著者は第一子妊娠中に電車や外出先でパニックを起こすようになる。出産後もそれは続き、病院に行ったところ「パニック障害」だと診断された。子育てしながら薬を飲み、治療を試みる著者だったが……。
私もパニック障害の人と何人か会ったことがあるんですが、パニックを起こしていないときはわりと普通なので、それゆえの大変さがありますよね。普通のときはすごく普通で、でもやっぱり仕事は休んでしまう。パニック発作がどこでも現れるわけではないから、見えている部分だけでは病気とわからないんですよね。
パニック障害とときに戦い、ときに受け流す日々は、大変だろうけれどユーモラスで、肩の力を抜いて読めました。子育てというストレス過多な現状と、パニック障害とどう付き合っていくか。ベビーシッターや家族など人の力を借りながら、なんとか前に進んでいく著者はかっこよかったです。
honkuimusi.hatenablog.com
うつ病
ユーモラスだけどきれいごと過ぎない『ツレがうつになりまして』
楽天的で前向きだった夫(ツレ)が、ある日うつ病になってしまった。著者はツレの変化に戸惑いながらも、病気について理解しようとする。大黒柱となった妻の代わりに主夫になった彼は、家事をしながら回復していく。
うつになってしまった夫を妻の立場から描いたコミックエッセイです。
異常にネガティブになってしまったツレをどこかコミカルに語ります。
頭からアンテナが生え、何かの電波を受信し、ちょっとしたことで落ち込むようになってしまいます。著者はその姿に悩みながらも、持ち前のズボラさ、いい加減さで受容していきます。
善人ではないからこそ楽しめる語り口です。
夫は病状が行ったり来たりしつつも、数年の時間をかけて回復していきます。
出かけられるようになったり、人と接しても大丈夫になったりするシーンが我がことのようにうれしかったです。
精神の病の診断を受けて迷走するが仕事に救われる『うつでも介護士:崖っぷち人生、どん底からやり直してます。』
自営業として働いていた著者は、ある日うつ病になる。何度か自殺未遂を繰り返したものの、訪問看護やヘルパーの人々に助けられる。自分も資格を取ってみようと、学校に通い始めるのだが……。
著者のうつはなかなかよくなりませんでしたが、訪問看護を利用したり、ヘルパーの人に助けてもらったりしたことで、少しずついい方向に向かいます。
縁というのは運要素が強いけれど、それでも縁というのはありがたいものだなあと思いました。
介護職は過酷で、精神疾患の人にはあまり向いていないと言われていますが、著者はむしろ利用者さんとの対話で救われた面も多かったようです。
また、絵や粘土を扱う能力も評価されました。
職場での関係にも恵まれ、「(体は女だが)働いているときは男として扱ってほしい」という要望も叶えてもらえました。
捨てる神あれば拾う神というか、人間万事塞翁が馬だなあという思いを抱いたエッセイでした。
デザイナーがうつになって会社に復帰するまで『ぼくのうつやすみ 『うつ』になったけど帰ってこれました』
憧れのゲーム会社にデザイナーとして入社したものの、忙しさや仕事のストレスからうつを発症してしまった著者。休職して家にいる間、無気力になったり自分を責めたりする。しかしうつをきっかけに少しずつ考え方が変わり、社会人としての生き方も変化させることとなる。
うつをきっかけに、著者は嫌でも人生を変えなければいけない必要に迫られます。「こうあるべき」という価値観を捨てるのは、結構辛いものです。しかし著者は、職場で配置換えを受けた後、新しい自分の居場所を得ます。その過程は読んでいてほっとするものがありました。
クリエイター業界=仕事は忙しいもの、という固定観念が強くて、ほどほどの仕事の負荷で雇ってもらえる場合が少ないと思います。だから著者みたいな働き方が許されれば、いろんな人が得するのではないでしょうか。
双極症(双極性障害、躁うつ病)
うつ状態に悩まされていた著者のぐるぐる『躁鬱なんです、私』
若いころからうつ状態に悩まされてきた著者。子ども時代も、大人の理屈が納得いかず不満を押し殺してきた。うつ病から双極性障害の診断を得た著者はうつ状態のぐるぐる思考や体調不良に悩まされながらも、自分なりに生きようとあがいていく。
著者は長年うつの治療を受けていましたが、いまいちよくならず、双極性障害の薬に変更したところ病状が改善しました。
これは双極性障害の人にはあるあるなことです。一発で双極性障害の診断が下りることは珍しいです。それだけ鑑別が難しい病気なのです。
自分を抑圧しがちで無意識にストレスをためてしまうのは、私も同じなので共感しました。疲れていたり傷ついていたりするのを後から気づくんですよね。
ずぼらなのに妙なところで完璧主義を発揮してしまうのも他人ごとではなかったです。
謎の体調不良で死にかけたときは読んでいて心配でした。
双極性障害同士の夫婦が躁うつの波とともに共同生活する『躁うつ夫婦』
それぞれ別に双極性障害を発症した著者と著者の夫は、インターネットで出会い、恋をし結婚に至る。ときに躁でハイテンションになり、ときにうつで家に閉じこもりながらも、夫婦で助け合って生きていた。精神疾患とともに生きる結婚生活をユーモラスに描くコミックエッセイ。
語り口はあっけらかんとしており、コメディに見えるほどですが、ところどころに双極性障害に対する悲しみを感じさせる漫画です。
双極性障害同士の男女がインターネットで出会い、恋愛をし、結婚をするというのはどうしても共依存的になってしまうのではとか、共倒れになってしまうのではとか心配になります。しかし躁うつの並みがありつつも、助け合って生きているところがすごいですね。
出かけたときどちらかが体調が悪くなると帰り、楽しみにしていた予定を変更するのをためらわない潔さは、見習いたいところがあります。私は無理をして反動が来ることもありますから。また、躁うつの波がありつつも、相手がいてよかったと思える関係は素敵ですね。
双極性障害の夫を支えるうちに妻がうつになってしまった『夫婦で心を病みました 優しい夫が双極性障害を発症したあの日から』
仕事のストレスでうつになってしまった夫、休息を経て少しずつよくなっていくが、しばらくして夫に異変が訪れる。浪費をし、常にいらだちものに当たるようになり、ついに著者にも手を上げるようになった。追い詰められた著者は、自分も自殺を考えるようになり、抗うつ剤を飲むようになった。
夫は躁状態の影響で精神的、肉体的DVをしてしまい、躁が終わった後にそれに関して深く後悔します。
双極性障害の治療を受けることによって、落ち着きを取り戻した夫ですが、著者自身は夫の好意を許すことはできないと独白します。
ここは素直に「許せない」と言ってくれて逆にすっきりしました。夫を支えるいい妻の姿を見せ続けられてもつらかったと思うからです。
私も双極性障害当事者で躁状態でやらかしたことはあるので、著者の夫の気持はよくわかります。でも許すかどうかは周りの人次第なんですよね。
「理解のある夫」「理解のある妻」の表象を揶揄するのは勝手ですが、本人の話を聞いてみるとそこにはそれぞれの悩みや葛藤があることがわかります。こうして作品にすることで、救われることも多いと思います。
俳句と語る双極性障害『躁うつでもなんとか生きてます。 ~俳句と私が転がりながら進むまで~』
双極症の女性が俳句を題材に、今までの人生を振り返る。家族関係のことで悩み、双極性障害で友達に迷惑をかけてしまうこともある。治療を受けながらフリーランスをやっていた著者は、障害者雇用に挑戦する。
俳句を題材としているのが特殊ですね。
うつや躁で迷惑かけて申し訳ないのがあるある〜という感じです。何だかんだ気長に付き合ってくれる友人たちに感謝です。
著者の家庭は祖父母の介護で荒れ、弟は暴力を振るうようになってしまいました。
暴力は許されないことですが、著者は「弟も双極性障害なのではないか」と考えます。彼は福祉の助けも拒み、自殺してしまいます。
弟の罪を否定するわけではないでしょうが、身近にこんな人がいれば「どうにかできなかったのか」と思ってしまうでしょうね。
やるせないです。
双極性障害の著者が死にたい気持ちを分析する『となりの希死念慮さん』
双極性障害を患っている著者は、昔から「死にたい」という考えに取り憑かれていた。しかし、周囲の支えてくれた人たちのためには死にたくない。「死にたい」から「死なない」ために、己の中の希死念慮と語らい和解を試みる日々が始まった。文章と絵で語られるメンタルヘルス系エッセイ。
希死念慮がすっきり治りました! とか前向きになれました! とかではなく、著者が未だ迷いながらぐだぐだ考え込んでいる話ですが、これはこれで読者に誠実な内容だと思います。
ささいなことで「死にたい」と言うのは、周りに「考えすぎだよ」と言われがちですが、当人はその「考えすぎてしまう」ことがやめられないんですよね。
根暗な精神疾患の人間が「考えすぎるな」と言われても無理なので、考えすぎる自分とどう付き合っていくかというのがこの作品のテーマです。
遠回りを繰り返しても生きようとあがく人間を描いた作品でした。
双極性障害の母を支えた著者と家族の物語『700日間の絶望トンネル』
別居している母が自殺未遂をしたという報告を受け、著者は混乱する。どうやら母は双極性障害だということがわかり、入院治療ののち、著者の近くで暮らすこととなった。しかし母親の躁うつの波に振り回され、著者は苦悩する。
双極性障害になった母を支える著者の話なのですが、それにまつわる母、父、子の関係が興味深かったです。
著者の父は家族に秘密で借金を抱え、それが理由で離婚されてしまいます。それ以来「家族を裏切った」と父を憎んでいた著者でしたが、著者の母は夫に愛情があるらしく、離婚した夫と島で暮らしていました。
父を許す母にわだかまりを抱えていた著者でしたが、父が都会に出てきてまで双極性障害の母の面倒を見てくれたことで、父に対する考えが変わります。
わだかまりが完全になくなったわけではないでしょうが、良い方向にも悪い方向にも割り切れない、家族関係はリアルでした。
不安障害
不安障害になってしまった漫画家が夜の街を散歩『夜さんぽ』
不安障害になってしまった漫画家でイラストレーターの「いこまん」は、同居人であり恋人である「トリさん」と夜の散歩を始める。暗い夜道の中、何かを見つけたり、コンビニや食堂に寄ったり……。病による不安とともに、夜の世界を彷徨するコミックエッセイ。
精神疾患となった主人公を彼氏が支えるというある意味「理解のある彼くん」話ではあるかもしれません。しかし作品は病気は治癒することより、不安障害の人間が見た夜の世界を漫画として描き出すことを重要視しています。
とても美しい作品ですが、人生なので実際には美しいことばかりではないとは思います。だけど精神の病と暮らす日々を、こういう美しい切り取り方をして見せるところに救いを感じました。病はつらい、苦しいけれど、それでも何もない毎日ではないのだと。
ストーリー性が少なく、本当にただただ散歩をしているだけの作品でしたが、読んでいてとても癒されました。
不安障害になってしまった女性の闘病から完解まで『私、幸いなことに死にませんでした』
人前で話すことにひどく緊張する、人付き合いが苦しい。病院に行くと不安障害と診断されたが、治療はうまくいかない。ときに自殺を考えた著者だったが、死にきれず治療を続けることを決意する。二度のカウンセリング、何度も挫折した薬物治療を経て完解を迎えた著者の今の心境とは。
病気のことで周囲とわかり合えない、熱心で相性が合う医者が見つからない、薬物治療が効いているのかいないのかわからない、など、日本でも聞いたことのある困りごとばかりでした。
はたから見ると途中で治療をやめてしまう著者にイラっとしてしまうかもしれませんが、精神疾患の人は病院に通うのも一苦労ですし、聞くかどうかわからない治療を続けるのってやっぱり不安なんですよね。薬物治療が第一と言ってもやめたくなるのはわからなくもないです(それでもやめない方がいいけど)
二度の再発を経て、著者は治療「される」のではなく自ら積極的に治療に関わるようになります。自分からカウンセリングに行ったり、合わないけれど薬を出すのは正確な病院に行き、薬物治療を継続したり、自ら自分の病気について調べたりします。
それをきっかけに著者の状況は少しずつ好転していきました。
依存症
お酒に頼ってアルコール依存症になった漫画家『アル中ワンダーランド』
ブログをきっかけにイラストレーターの仕事を始めるものの、多忙で家事がままならなくなった著者。お酒でそれを解決したことをきっかけに、アルコール依存症のスパイラルにはまっていく。
アルコール依存症のエッセイコミックではあるんですが、お酒の怖さを訴えるとか、読者に禁酒を勧めるとか、そういう説教臭いシーンはほとんどありません。あるのは著者、まんしゅうきつこのお酒による奇行のオンパレードです。トークショーでポロリする、駅のホームでお酒を飲む、など……。
エピソードにインパクトがあるから、特に説教臭いシーンを入れなくても「お酒を飲みすぎるのはやめよう」となるんですよね。
しかし、本人の行動にツッコミが入ることがあまりないので、一種のシュールギャグマンガのようにも読めます。笑いたいけど笑えない、読み終わって微妙な気持ちになる不思議な漫画です。
アルコール依存症の父親を愛したいor許せない?『酔うと化け物になる父がつらい』
宗教にハマった母と、毎回泥酔するほどお酒を飲んでしまう父。母は嫌がりながらも父と飲み仲間の世話をしていた。著者はそんな両親とともに生活していた。やがて母が自殺し、父の世話は著者と妹の仕事になる。アルコールに依存する父に振り回され、著者は自分の人生を生きることができないでいた。
いわゆる毒親ものなのですが、親への恨みつらみを描くというより、親を愛し助けたかったという気持ちと、親を許せない気持ちの間で揺れ動く自分の姿を描いています。
結局最後まで結論が出ないまま終わりますが、それが今の著者のあり方ならそれでいいのでしょう。
著者はアルコール依存の父親に振り回され、母親は宗教にハマったのち自殺し、まともな男女の性愛とはどういうものかわからないまま育ちます。
そんな著者がモラハラ系の男と付き合ってしまい、なかかな別れられなかったくだりははらはらしました。
父がアルコール依存症だった著者が依存症当事者や回復施設を取材する『依存症ってなんですか?』
アルコール依存症の父を持ち、苦労してきた著者。彼女はアルコール依存症や薬物依存症について調べることとなる。依存から脱却して酒を飲まない生活を続けているミュージシャンや、依存症の支援施設を取材するうちに、著者は改めて自分の過去と向き合わざるを得なくなる。
同著者の『酔うと化物になる父がつらい』を読んだ後だと、依存症の人たちと話し合い共感を示す著者に驚きます。依存症の父親にさんざんな目に遭わされていましたから。
「お酒は悪いものだ。アルコール依存症の人はクズだ」という結論にはならず、なるべく多面的に人をとらえようとする著者の作風はとても好きです。
ある意味メッセージ性、政治性が強い作風だと思います。しかし著者個人の価値観から始まり、どう世の中を変えていくかという話の流れが自然で、押し付けがましくなくていいですね。
アルコール依存症になったOLの妹との共依存と卒業『人生が一度めちゃめちゃになったアルコール依存症OLの話』
社会人として事務の仕事をするも、職場の人間関係の悪さから、ストレスをため込んでいた著者。「お酒を飲んでから出勤すると平気」ということに気づき、飲酒をしてから仕事をするようになる。同居の双子の妹と諍い、家に帰れなくなっても、それでもお酒をやめられない著者は……。
気質が似ていた著者姉妹は、友達を作るのが苦手な代わりに、お互いとばかり話していました。
しかし作中で著者はアルコール依存症に、もるさんは双極性障害を再発してしまいます。
妹に注意されてもアルコールがやめられない著者と、躁うつの波と家庭のストレスから暴れまわってしまう妹。地獄絵図です。
しかし姉妹がお互いに、「変わりたい」と思って行動をし始めたところから、関係が変わり始めます。
著者はアルコールをやめるためにスーパーやコンビニなどお酒を売っていない道を歩く、お酒の広告が出るテレビは見ないなど、お酒を遠ざける生活を始めます。
また、妹も恋人と暮らす生活を選択します。
作品の最後では、姉妹がほどほどの距離感で付き合っていることがわかり、安心しました。
セックスのことしか考えられなくなった男性『セックス依存症になりました』
恋人に暴行を受けたことをきっかけに、セックスのことしか考えられなくなった著者。精神科医によって、セックス依存症と診断される。依存症になったのは、虐待を受けていた過去と、恋人との恐ろしい共依存的快楽にあった。セックスがないと生きていけない状態からの回復を描いたコミックエッセイ。
恋人に暴力を振るわれてから、セックスのことしか考えられなくなってしまった著者。
精神科医の診察を受け、同じ性依存の人とグループワークを行ううちに、自分が性に依存するようになったきっかけに向き合っていきます。
また、著者の元恋人がすごい人でした。
一応ここは全年齢ブログなので詳細は省きますが、浮気者の著者を引き留めるために特殊プレイを繰り返し、快楽漬けにしてしまいます。
おそらく彼女も性依存だったのだと思います。著者は別れられてよかったですが、彼女がその後どうしているのか心配です。
場面緘黙
機能不全過程で育ったかんもくの人の悩み『かんもくって何なの!? しゃべれない日々を抜け出た私』
特定の場所で話せなくなる病、かんもくになってしまった著者。機能不全に陥る家族の中で、必死に暮らしていた。大人になって、話せるようになっても、かんもくであること、親にまともに愛されなかったことを引きずって生きていた。
幼少期に著者が受けた精神的虐待は、筆舌を尽くせぬほどひどいです。
また、著者が居場所がない若者なのを嗅ぎ付けたのか、性加害を行うバイト先の上司もひどかったです。こういう悪い大人って、弱い立場の子どもを見抜くのがうまいんですよね。
自分もオタクだったので、「変わりたい」と思った著者が選んだ場所が同人誌制作の世界だったことが感慨深いです。好きな漫画でつながり、ネガティブで暴力的な展開であってもフィクションの中では許されます。また、同人仲間にも恵まれ、著者は人間として成長していきます。
あそこまで他人への嫉妬や悪意に悩まされていながらも、変わりたいと願い、実際にその望みが叶ったのはすごいと思います。友人と対等な関係を持てるようになった著者の姿に胸が熱くなりました。
『私はかんもくガール』
子どもの頃、ずっと黙っていた著者は、支配的な友人に振り回されたり、周囲のからかいの対象になったりする。思春期から青年期にかけてかんもくを脱出するが、今度はうつや不眠に悩まされる。かんもく女性の今までを描いたコミックエッセイ。
著者は小学生の頃かんもくになってしまい、それゆえに苦労します。
母親との不仲、いじめやからかい、かんもくを脱出してからの悩みも語られます。
かんもくはそれそのものがつらい以上に、その後の人生に大きく影響を与えるのだなと思いました。
私もかんもくではなかったけれど、クラスで孤立したり人間関係がうまく行かなかったりもあるので、共感しながら読みました。
ひどいなあと思ったのはかんもくであることによって支配欲の強い子どもに絡まれて言いなりにされそうになることです。こういう子って自分のいうことを聞いてくれそうな人がわかっているんですよね。
著者も嫌いなやつのうわばきにいたずらしているので、どっちもどっちではありますが。
その他
解離性障害に悩みながらも必死に前に進む『実録 解離性障害のちぐはぐな日々』
謎の体調不良で高校を退学した著者。高卒資格を取って専門学校に行き、絵の仕事を始めるもつらさはなくならない。それは解離性障害が原因だった。複数の人格が切り替わる中で著者は混乱をきたしてしまう。
解離性障害、双極性障害とともに生きる人の話。
頭の中に様々な人格が浮かび、それが頻繁に切り替わります。著者は人格が変わっても完全に記憶がなくなるわけではないのですが、その人格の変化に振り回されます。
一方で、精神科にかかっても「困っていない」と言ってしまいます。
著者はつらいのにつらいと言えず、思ったことを抑圧してしまいます。そのため自分が苦しい状況にあると自覚ができないのです。
こういう心の不具合は、精神疾患になった人にしかわからないでしょうね。
話の途中で双極性障害であることがわかり、治療が切り替わります。
著者にとって躁状態やうつ状態を乗りこなすことが課題となりました。
ままならない人生を生きながら、それでもよい生活を望む著者がかっこよかったです。
コミカルに描かれてはいるけれど、伴侶の方も大変だなぁと思いました。
カウンセリングでトラウマを治療するにはお金がかかる『いいかげんに生きづらさを終わらせたい:トラウマ治療体験記』
過去の虐待や性加害によってメンタルの不調を抱え続けていた著者は、カウンセリングでトラウマ治療をすることになった。しかし、それはいばらの道だった。ときに怒り、乖離によって記憶を飛ばしながらも、必死でカウンセリングを受け続け、治療の道を探る。
登場する心理療法がスピリチュアルか!? と思うほどうさんくさくて笑いました。著者もそのことにはつっこんでいます。
でも私も精神疾患持ちなので、精神医学とスピリチュアルは紙一重というところは知っています。
精神治療の効果を感じる一方で、また違う悩みに出会うことを繰り返す著者は大変そうでした。
この手の本にお金の問題はあまり出てこないんですが、著者がお金がない中必死にカウンセリングを受けているのが印象的でした。「お金がたまるまでカウンセラーの人に会えない」という発言もちらほら。
カウンセリングが必要なメンタル疾患を抱えているから働けない、しかしカウンセリングを受けるお金がない、という堂々巡り。しかもカウンセリングって精神的負荷がかかるものなので、著者ほどがんばれる人も少ないと思います。
以上です。気になるものがあったら読んでみてください。






























