東日本大震災のとき、自閉症の人たち「自閉っこ」はどうしていたのだろうか。自閉症の人がいる家族が震災当時どうしていたのかを、手記の形式で語る。そこで見えてきた近隣住民との絆と、絆では解決できない問題。災害時に自閉症の人をどう助けるべきか語る。
自閉症の人とともに震災後を生き延びることとなった人たちの話です。
偏食のためおにぎりやパンが配給しても食べられず、飢えかけるというのが生々しかったです。
とはいえここで食べなければ死ぬと思ったのかいつもは食べないものを食べる人もいました。
他人とは違う方法ですが、彼らなりに悩んで苦しんだ結果の行動なんでしょうね。
被災といっても、話す人それぞれに被害状況は異なります。生き延びたことへの罪悪感や、もっと被害が大きかった人への複雑な思いもつづられています。
問題提起で気になったのは「災害時支援学校はどうあるべきか」ということです。
支援学校としては自閉症の人たちを優先的に避難させてあげたいという気持ちがあります。支援学校の教師は自閉症の人たちの支援にノウハウを持っており、自閉症の人たちにとっても慣れた場所で過ごせるのはメリットがあります。環境の変化に弱い自閉症の人たちには一般の避難所の生活は苦痛です。
ただ、災害時に支援学校に一般の人から「避難させてもらえないか」と言われれば実際には断りづらいです。彼らも居場所を探しているのです。
弱者のための施設として弱者を優先するのか、地元住民も含めて助けるのか……。
登場する家族はみんな絆に感謝していますが、絆だけでは解決しない問題もあります。きれいごとだけではなく、社会が何ができるかを考えることが重要だと思いました。
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