ファンタジーはテンプレばかり……という意見を見るたび、そうでもないと思うので、過去の記事から特殊設定のファンタジーをまとめてみました。
特殊設定をどう定義するかは難しいのですが、「この設定は見たことがなかったな……」というものを選んでいます。
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- 『竜と祭礼―魔法杖職人の見地から―』筑紫一明
- 『犬と魔法のファンタジー』田中ロミオ
- 『皇女アルスルと角の王』鈴森琴
- 『聖女ヴィクトリアの考察 アウレスタ神殿物語』春間タツキ
- 『夜は短し歩けよ乙女』森見登美彦
- 『地獄くらやみ花もなき』路生よる
- 『アナンシの血脈』ニール・ゲイマン
- 『デ・コスタ家の優雅な獣』喜多みどり
- 『シンデレラ伯爵家の靴箱館』仲村つばき
- 『血と霧』多崎礼
- 『蕃東国年代記』西崎憲
- 『ぬばたまおろち、しらたまおろち』白鷺あおい
『竜と祭礼―魔法杖職人の見地から―』筑紫一明
師匠を亡くした杖職人イクスの前に、杖を修理してほしいという少女ユーイが現れる。師匠の遺言によりそれを引き受けたイクスだったが、その杖に使われていたのはとんでもない素材だった。杖を修理するために、ユーイとイクスは素材の手がかりを求め、あちこち調べ回ることになった。
世界観としては魔法があって、冒険者がいて……というありがちなものなのですが、「その世界において魔法とは何か?」「なぜ社会は冒険者を必要としているのか?」という設定がしっかり用意されているところが好ましいです。
設定が世界観に深みを与え、しかもそれが押しつけがましくないので心地よかったです。
主人公が戦闘や政治において特別な才能を持つようなことはなく、「杖職人」の立場からストーリーが動いていくところも面白かったです。ファンタジーお仕事小説。
『犬と魔法のファンタジー』田中ロミオ
冒険時代は遠い昔。宮廷大学に通うチタンは、就職活動に行き詰っていました。送られてくるお祈り手紙、内定を勝ち取っていく周囲。そんな中、冒険組合で飼っていた犬が原因不明の病気になり、気の合わない組合仲間のチアリーと原因を探すことに……。
ファンタジー世界に就活を足すという発想の勝利ですね。世の中にはいろんなファンタジーがあふれているけれど、就活ファンタジーというのはさすがに初めてなんじゃないですかね。一見わけのわからないネタですが、読んでみると意外と説得力があるのが恐ろしいです。
自分を殺してでもレールを行くか、自分が自分らしくあるために道なき道を行くか……。そういう悩みは人生の転換期には必ず向き合わなければいけないんですが、「就活」というテーマはそれを描くにふさわしいものですね。
ラストシーンで語ったチタンのせりふが一番良かったです。道なき道を行っていてもひとりではない。過酷な生き方を強いられるとしても、そう思える瞬間があれば少し救われます。
『皇女アルスルと角の王』鈴森琴
人より強い力を持つ生き物「人外」がはびこっている世界。父親を殺害したとして濡れ衣を着せられた皇女アルスルは、裁きの過程で人外リザシーブと出会う。予言の力を持つリザシーブは、アルスルに奇妙な予言をする。アルスルは、リザシーブと心を通わせ始める。
人を害する人ならざる者「人外」と、人間が戦う世界。細かく作り込まれた設定と、人外と対峙している人々の文化が面白いです。
主人公アルスルは「人間らしくない」キャラクターですが、だからこそ人外とコミュニケーションを取り、特異な関係を作り出すことができます。
1巻におけるラスボスを倒すときも、シビアで現実的な理由から倒すのもアルスルらしかったです。人が人でないものを倒す理由なんてわがままなものですよね。
しかし、この作品における社会が、アルスルに求める「人らしさ」も私の立場から見れば怪しいものに思えるので、闇が深いです。
『聖女ヴィクトリアの考察 アウレスタ神殿物語』春間タツキ
聖女に選出された理由が不当であると追放されかかった聖女ヴィクトリアは、アドラスという騎士に出会う。彼は、幽霊や精霊が見えるヴィクトリアに「自分が皇子でないことを証明してほしい」と頼んだ。アドラスとともに行動しながら真実を調べるうちに、ヴィクトリアは皇位継承の問題に巻き込まれていく。
ヴィクトリアは幽霊や精霊を見ることができますが、それ以外にチートな能力はなく、あくまで情報を収集し周囲を観察することで事件を解決します。
「先入観なく物事を観察すること」は作品の重要なテーマになっており、繰り返しそれにまつわるシーンが出て来ます。
最後に謎が解けるとともに、ヴィクトリアがなぜ真実を追求するかが語られます。世の中にはなあなあにしておいたほうがいいかもしれない情報があります。しかしヴィクトリアはヴィクトリアなりの誠意をもって真実を暴き、少しでも周囲をいい方向にしたいと思っています。
探偵役=倫理のないキャラクターとして描かれることも多いので、ヴィクトリアの倫理の高さは印象的でした。そしてストーリー上の相棒のアドラスが、彼女の価値観を受け入れているところが好きでした。
『夜は短し歩けよ乙女』森見登美彦
とある乙女に一目ぼれした「私」。「私」は乙女の視界に入ろうと彼女を追いかける。一方乙女も、夜を歩くうちに京都で起こる不思議なできごとに巻き込まれ、その中で大活躍する。
基本的にリアリティのないトンチキファンタジーなのですが、ところどころに京都での大学生生活の丁寧な描写があり、幻想と現実を行き来する話でした。
あり得ない展開を何度も重ねながら、古本市に並んでいる本のタイトルの「らしさ」だったり、大学の学園祭の「ありそう」な展示だったり、ふとしたときに現実と繋がる感覚を持ってしまいます。そういう瞬間はどきっとしました。
絶対に現実に起こりえない恋物語が、大団円を迎えたときはすっきりしました。
『地獄くらやみ花もなき』路生よる
宿を失くしネットカフェを泊まり歩いていた遠野青児は、罪を犯した人間が妖怪の姿で見えてしまうという力があった。彼は不思議な館に迷い込む。そこにいたのは不思議な少年、西條皓(さいじょう・しろし)。彼は鬼の代わりに罪人を地獄へ送り込む仕事をしていた。青児は、住み込みで皓の元で働くことになった。
怪奇ミステリといいつつ謎解きそのものにファンタジー要素はなく、現実に起こることだけで推理が進行します。怪奇ミステリだけれど特殊設定ミステリではありません。
謎解きより雰囲気重視という感じなんですが、この雰囲気がとてもいいんですよね。「罪人に罰を与える」という設定だと単純な勧善懲悪になりそうなところを、キャラクターの人格によって上手く人間関係に深みを与えています。
人間の描き方は露悪的で、あまり気分のいいものではないのですが、それでも過去や周囲の人間関係の描写により、弱さゆえに罪を犯してしまったことが示されます。
探偵と助手の人格自体も善人とは言えず、被害者を少なくしようという意思はあるもののしゃべっていること、考えていることはツッコミどころ満載です。でもそういう善人ではないからこそ説教くさくならずに読めるのでしょうね。
『アナンシの血脈』ニール・ゲイマン
チャーリーの父が死に、チャーリーは自分の父親がクモの神アナンシだったことを知りる。自分の兄弟がいると言われ、チャーリーは兄弟、スパイダーを呼び出す。しかし、スパイダーは不思議な力でチャーリーの人生をめちゃくちゃに……。
アフリカ風現代ファンタジーということで、なんとなくシリアスなものを想像していたんですが、意外とユーモラスで笑える内容でした。
作品全体に漂う人を食ったような雰囲気が面白いです。いいも悪いもないような、突き放したおかしさがあります。
クモ神アナンシは、いたずらで動物たちを困らせる存在だったようなので、その部分を意識してすっとぼけたストーリーになっているんでしょうね。
チャーリーの弟、スパイダーや神であるチャーリーの父親の、倫理観にとらわれないキャラクター性が面白いです。神じゃないと許されない性格をしています。いや、チャーリーは許してないですが。
独特のユーモアににやにやしながら読んでしまいました。
『デ・コスタ家の優雅な獣』喜多みどり
身寄りがなく内気な少女ロザベラは、名家デ・コスタ家に引き取られる。しかしそこは異能を持つ一族だった。ロザベラは一族の血を繋ぐために従兄弟と結婚して子を残すことを要求される。このままだと幽閉されてしまうと恐れたロザベラは、「一族の一員」として認められるため裏切り者を探し出すことになる。
ヤクザ要素をふわっと振りかけたハーレム物の作品かと思っていたのですが、ふたを開けてみるとガチの犯罪組織小説であり、殺人・暴力・薬物がどんどん出てきました。いい意味でびっくりしました。
もちろんエンタメとして楽しめる範囲で収めてあるので大丈夫です。
ひ弱でかわいい女の子ロージーががどんどんひどい目に遭うのでちょっとサディスティックな快感がありますし、最終的にロージーがたくましくなっていくので読者としてあまり罪悪感を覚えずに済みました。
『シンデレラ伯爵家の靴箱館』仲村つばき
かつて「シンデレラ」とあだ名される女性が王妃となり、靴の生産が盛んになった国。アデルはその子孫であるディセント家に勝手に踊る母の靴を鑑定してもらおうと持ち込む。しかし形見である母の靴を取り上げられてしまう。アデルは母の靴と一緒にいるために、ディセント家のアランが運営する靴工房で働くことになる。
靴をめぐるファンタジー、魔法も世界観も靴から始まり靴に終わる物語でした。
そしてアランの靴工房で働くアデルの職人としての成長も、きっちり描かれているところが面白かったです。お仕事ものとしてすごく真っ当なんですよね。
アランも突然デレたりせずにアデルを職人としてリスペクトしているところがよかったです。
『血と霧』多崎礼
血液が社会を回している巻貝都市。探索者のロイス・リロイスは、行方不明になった王子を探してほしいと頼まれる。見つかった王子となりゆきで共同生活を送るうちに、彼に情が移ってしまい何かと気にかけるようになる。
設定は結構難しいので、理解するまで時間がかかりました。慣れてしまえば個性的で深みのある設定です。キャラクターのやりとりが面白く、それを追いかけていけば自然と設定も頭に入ると思います。
ハイファンタジーとハードボイルド小説のいいとこどりをしたストーリーが新鮮で面白かったです。大人向けのファンタジーといった感じでした。
章が進むごとに緊迫感を増していき、ルークがどうなるのか気になっています。2巻で一区切りになるようなので、続きが楽しみです。
主人公以外で個人的に好きなのはヴィンセント。あの終盤の告白はずるいと思います。主人公に限らず好きになってしまいますよ!
『蕃東国年代記』西崎憲
日本とユーラシア大陸の間に浮かぶ国、蕃東(ばんどん)。東アジア風の文化を持つそこは、さまざまな不思議な話に満ちていた。架空の国蕃東を舞台にした、アジア風ファンタジー。
世界観の作り込みがきっちりしており、好きな人はすごく好きだと思います。
しかし、今では使われない単語が頻出しており、読者に古典の知識を要求してくる本です。
学生時代古文の成績がそこそこよかった私ですら、えっちらおっちら読んでいたので、苦手な人は相当苦労すると思います。
ファンタジーらしい美しい情景、説話や昔話のような展開は、そういうものが好きな人にはたまらないと思います。
『ぬばたまおろち、しらたまおろち』白鷺あおい
幼馴染の大蛇と結婚の約束を交わした少女、綾乃。村祭りの舞い手に選ばれた綾乃は、祭り当日に謎の男に襲われる。間一髪で彼女を救ったのは、ほうきに乗った魔女だった。綾乃はそのまま、魔女たちが学ぶディアーヌ学院に入学することになる。
正直ちょっと強引なところもあったんですが、民俗学、学園もの、タイムトラベルなど、好きなものを全部乗せしてそれでいて物語として楽しめるものにしたところがよかったです。
そして作品そのものが、さまざまな既存作品のオマージュになっているところが、本好きとしては懐かしい気持ちになりました。
ここまで「好きなもの」を詰め込みまくると話として破綻したり、ひとりよがりになってしまいそうだけれどそれがない。そこは既存の作品のオマージュに頼らない、著者の実力だと思います。
楽しいストーリーに身を任せ、物語の中に入ったようにわくわくして読み終えることができました。