あらすじ・概要
600年以上続く羊飼いの一族に生まれた著者。ユネスコの仕事をしながら、自分の農場の羊を追っている。風光明媚なイギリス湖水地方の風景とは裏腹に、その仕事は過酷そのものだ。一家の歴史や、生き物相手の重労働、羊飼いの誇りを賭けた品評会でのできごとなど、たくさんの羊の生と死とともに、めぐる四季を描き出す。
ただ美しいものとして消費される風景の中で
全編を通して感じるのは、湖水地方を「ただ美しいもの」として消費する、他の地域の人間への怒りです。
表紙の写真を見てわかるように、湖水地方はとても美しい。美しいからこそ、勝手に「イギリスといえばこの風景」とされて、他の地域から観光に来られて、なぜかそこで生きていない人たちにも湖水地方への帰属意識が生まれてしまいます。
しかし、そこで生きている羊飼いたちに注目が集まることは少ないです。集まられても困るかもしれないけれど。とにかくそこには人がいて、伝統を守り、過酷な労働に従事しているのに、その人々すら写真の中の風景の一部としかみなされません。
おそらくこの本は、農業や畜産をやっている人は私よりもっと共感できるのではないでしょうか。
我々日本人も田園風景を見て「美しい」とは言うけれど、実際その田園で必死で米を作って出荷して生活の糧にしている人のことをよくは知りません。見た目の美しさだけでは、その地域の本質を知ることはできないのだ、と改めて思いました。
羊飼いのリアルな日常を描き出すため、この本には気味が悪かったり物騒だったりするシーンも結構あります。羊を追いかけた他人の犬を殺そうか逡巡するシーン、子羊の皮をはぐシーンなど。でもそれは、生きるために必要なことなんですよね。きれいごとでは生活できない、だからこそ仕事に誇りが持てる部分もあるのだと思います。
難点としては、子ども時代から現在まで、時系列がコロコロ変わるのでちょっと読みづらいです。でも頑張って読むだけの価値はあります。
『羊飼いの暮らし イギリス湖水地方の四季』まとめ
農業をやっている人、一次産業に少しでも興味がある人にはぜひ読んでほしいです。内容が非常に濃くて面白いです。
畜産はきれいごとではできない、でも世の中になくてはならない仕事なのだ、ということがわかりました。