ブックワームのひとりごと

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『出張編集部持ち込みレポまんが』尾花せいご Kindleインディーズマンガ 感想

ごあいさつ/もくじ 【出張編集部持ちこみレポまんが】ただのまんが描きたがり

 

あらすじ・概要

描いた漫画を商業に乗せたいアマチュア漫画家の著者は、出張編集部に何度も作品を持ち込む。そこでもらったアドバイスや褒め言葉を漫画化。著者は編集者からの助言に対して悩み、創作に対する糸口を探す。

 

出張編集部をめぐる悲喜こもごもが面白い

出張編集部ってこんな感じなんだなあとわかるコミックエッセイです。創作をする上での悩みは共感できて面白いです。

 

同人活動に詳しくない人に説明しておくと、出張編集部は同人イベントに漫画雑誌の編集者がやってきて作品を見てもらえるという企画です。編集者は同人作家の中から金の卵を見つけ、同人作家はプロからのアドバイスを得ることができます。

しかし編集者はボランティアではなくあくまで仕事として漫画を見ているため、厳しい指摘をされることもままあります。

 

作者も編集者の言葉に思い悩み、葛藤しますが、その過程がとても面白かったです。

好きなものを描けばいいのか、読者に歩み寄ればいいのか、模索は続きます。

 

著者がこれ程にも創作に悩み、考えていても、プロの漫画家になるに至りません。プロになることは本当に大変なんですね。

私はもう趣味でやるからと開き直っているので気楽ですが、創作でお金がほしい人には厳しい世界です。

狭き門すぎるので気軽に頑張ってほしいとは言えないですが、それでも何かしらよい結果を得てほしいと思いました。

 

 

『ダンピアのおいしい冒険』トマトスープ イースト・プレス 全6巻 感想

ダンピアのおいしい冒険 1

 

あらすじ・概要

貧乏だけれど学問に焦がれるダンピアは、私掠船に乗って旅をしている。船では保存食が乏しい。したがってその土地で入手した動植物を調理し、食べた。やがてダンピアの旅路は、波乱万丈なものとなる。

 

憧れと倫理のなさが共存する大航海時代が美しく恐ろしい

絵柄は児童向けのようなかわいらしくデフォルメの効いたものですが、内容はシビアでした。

私略船とは、当時のイギリス政府によって略奪、つまり海賊行為を許されていた船のことです。ダンピアにとっては知識を得るための旅路でも、暴力と隣り合わせです。

 

ダンピアは学問に焦がれ、世界を知りたいと望みますが、それは先住民の排斥と表裏一体です。作中でも、先住民がひどい目に合うシーンがたくさん出てきます。

外の世界を見たい、知りたいと望んだことが、必ずしもよい結果を生まないところはせちがらいです。

ダンピアはかっこいいと思うところもありますが、仕事を黙ってバックレる等図々しくわがままなところもあります。そこが人間味があってよかったです。

 

また、世界史をやっていないとわからない小ネタ、あるある、ジョークなどが大量に詰め込まれているところもよかったです。

作品のところどころにコラムが挟まれ、世界史の知識を得ることができます。

また、巻末には参考文献もリストアップされているので、気になる人は読んでみるといいでしょう。

 

しかし面白かっただけに、最後はいい話っぽく終わったのは残念でした。特に、ダンピアが最低最悪のことをした後にあのエンドはひどいです。

もちろん作者に当時の人権意識のなさを肯定するつもりはなかったと思いますが、逆に後味が悪くなりました。

 

 

 

 

 

『どう考えても死んでいる』雁須磨子 バーズコミックス ルチルコレクション 感想

【電子限定おまけ付き】 どう考えても死んでいる (バーズコミックス ルチルコレクション)

 

あらすじ・概要

晋太郎は、ある日自分が幽霊になっていることに気づく。同性の恋人、翼に会おうとすると、彼は晋太郎ともう一度会うためにに怪しい霊能力者に頼ろうとしていた。翼を止めたいと思いながらも、幽霊である晋太郎は何もできない。

 

幽霊と人間の恋物語と意外なエンディング

『ロジックツリー』が面白かったのでKindleUnlimitedで読めるこちらの本も読んでみました。

 

 

受けがここまで愛が重いのは珍しいのでよかったです。愛の重い受け、なかなか見かけないですからね。

序盤はただの心霊コメディでした。しかしだんだん登場人物たちの心理がわかってくるうちに怖さと愛おしさを感じるようになりました。主人公もその相手も、はっきり恋愛感情があるのが描かれています。

ラブロマンスだからこそできる展開で、BLに限らず恋愛コンテンツにはいろんな可能性があると再確認しました。

 

憎まれ役なのかと思ったら、親切だった霊能力者キャラも味わい深かったです。男同士の巨大感情に巻き込まれてこれだけ親切なのは、人間ができています。こういう優しい人に宝くじ当たってほしいですね。

 

多少きわどいシーンはあるものの、性描写は控えめです。お互い成人男性だったらそのくらいのことはするよね……という範囲での性描写です。

私はBLの性描写がそれほど刺さらないので、このくらいがちょうどいいですね。

 

悲恋で終わるのかと思いきや、独特の着地をしました。びっくりしましたが、こういう個性的な結末もありかなあと思います。癖のある話でしたが面白かったです。

 

 

 

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『心を病んだ父、神さまを信じる母』ゆめの イースト・プレス 感想

心を病んだ父、神さまを信じる母

 

あらすじ・概要

キリスト教徒の母と、気難しく扱いづらい父。やがて父は統合失調症を発症し、一家は父の妄想に悩まされることとなる。不穏で気まずい家庭の中、母は神の教えを支えに生活していた。

 

すっきり終わらないが印象的なエッセイ

すっきり終わらないコミックエッセイですが、それゆえに面白かったです。幸せ、不幸の二通りだけではなく、曖昧でグラデーションの人生を感じます。

 

著者はいわゆる宗教二世ですが、母親に強く信仰を強制されることはなかったので、両親とは違う価値観の中にいます。

本人に信心はない一方で、母親が苦労をしながらもここまでやってこれたのは、信仰のお陰かもしれないという価値観も持ち合わせています。

最近は宗教二世というと心理的虐待、マインドコントロールというところが強調されることが多いです。逆に、こういう形で宗教というものを観察できるのは多様性の点でいいかもしれません。

 

統合失調症患者として登場する、父親がなかなかダメな人でした。頭がいいのに悪い意味で理屈っぽいです。家族に迷惑をかけ、ついには精神疾患を発症してしまいます。精神疾患になるのは本人の落ち度ではないにせよ、周囲は大変だったでしょう。

作品の後半で、父親もクリスチャンになります。信仰を持っても人格は変わっていないので「よい父親になった」とは言えません。ただ妻と信仰という拠り所を共有することはいいことなのかもしれません。

 

白黒はっきりつかない作品も、これはこれで必要なのではないかと思うコミックエッセイでした。

 

 

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『わたしたちの震災物語~ハート再生ワーカーズ~』井上きみどり クイーンズコミックス 感想

わたしたちの震災物語〜ハート再生ワーカーズ〜 (クイーンズコミックスDIGITAL)

 

あらすじ・概要

東日本大震災のあと、多くのボランティア、慈善団体が立ち上がった。それぞれの慈善団体がどう東日本大震災に関わったかを漫画化。食料、水やインフラの復旧以外で、被災者に必要な支援が見えてくるコミックエッセイ。

 

漫画で見る災害時の慈善活動

東日本大震災において活躍したNPOや慈善団体を取材し、その内容を漫画化した作品です。

一言に慈善団体と言っても、多種多様な方向性があるのだと感じます。

 

被災して飼えなくなった猫の里親探し、子どもたちの遊び場作り、酷使して汚れたトイレの掃除。何気ないことではありますが、手助けしてもらえることで被災者が楽になります。

実家で猫を飼っているので、災害時のペットの問題は気になる情報でした。ちゃんと管理した上でボランティアに引き渡す人はましです。きちんと避妊をしていなかったために逃げ出して帰ってきたら子猫がお腹にいるなど、飼い主側のずさんさが露呈する場合もありました。

災害の全てに対策することはできなくても、最低限やれることをやっておくことが大事だと思いました。

 

慈善団体とは少し違いますが、建物の上の階で津波を乗りきり、たまたま助かった人やスタッフとともに救助が来るまで漫画館に暮らしてた人々もいました。その長さ、なんと四日間。

未曾有の災害になると、避難所として認められた施設以外に避難することもあり得るかもしれません。そのとき助け合えるかどうかが生死を分けます。

 

しかし、タイトルにも表紙にもNPOや慈善団体の漫画であることがわかる要素がないので、デザインで損をしている作品でした。私もインターネットの検索魔だからこの作品を発見しただけで、店頭に並んでいたら何の漫画かわからなかったと思います。やはり情報がメインのコンテンツはかっこよさに寄り過ぎたデザインをしない方がいいですね。

 

『ミャンマーで尼になりました』天野和公 イースト・プレス 感想

ミャンマーで尼になりました

 

あらすじ・概要

子どもの頃から宗教的なものにあこがれがあった著者は、結婚して寺嫁となる。そして、ミャンマーで尼になり修行をすることにした。ミャンマーの仏教文化や、尼同士のやりとり、そして宗教思想を語る本。

 

ミャンマーの寺に集まる国際的な人たち

面白おかしい話かと思ったら、意外と信仰について突っ込んだ話をしていて興味深かったです。

ミャンマーにやってきて自分の宗教観について考えたり、人と信仰について話し合ったり、真面目な本でした。

私は信心がない方ですが、こういう価値観を持っている人がいるんだなと思うと面白いです。

 

寺での生活も知らないことばかりで面白かったです。先輩の僧侶との関係や、修行中の独特の文化などが読めます。そうそう体験できないようなエピソードなので漫画にしてくれて助かります。

 

瞑想への思想は、精神医学でいうところのマインドフルネスと近いです。瞑想をマインドフルネスが真似をしているんですが。

しかしここまで集中して迷走するのは逆に大変そうです。マインドフルネスと言ってもほどほどがいいんでしょうね。

 

仏教徒の多い東アジアだけではなく、欧米から尼になりに来ているのも興味深かったです。思った以上にグローバルな宗教施設でした。

 

 

『九井凉子ラクガキ本 デイドリーム・アワー』を読んだよ

九井諒子ラクガキ本 デイドリーム・アワー (HARTA COMIX)

 

ラクガキ本。ダンジョン飯の趣味の絵を中心に、過去のイラストを掲載しています。

 

自分のキャラクターとはいえ、これだけネタがポンポン出てくるのはすごいです。しかも、発表するあてもないというのに……。ダンジョン飯が高い評価を得なければ、世に出ていない作品だったのでしょう。

『ダンジョン飯』これをTwitterに上げていたらめちゃくちゃバズっただろうなと思いましたが、上げずにこのラクガキ本で公開したからこその旨味でもあるかも。作者のラクガキを連載後に噛み締めて読める贅沢よ……。

 

ダンジョン飯のちょっとした漫画(季節のイベントネタ等)もあります。この「ちょっとした」のクオリティが高すぎるんですよ。キャラクターの価値観や文化をさらっと深掘りした上で、展開は軽やかです。漫画がうまい。

 

ダンジョン飯自体は性的な描写はないですが、このラクガキ本には結構肌色なイラストが多く、えっそういう目で見ていいのか……という気持ちになりました。いや、作者がどういう意図で描いてるのかはわからないんですけど。

作者が女性キャラクターを描くのが好きなところに親近感を覚えます。私も絵で見るなら女性キャラクターの方が好きなので。

 

あくまで「ラクガキ本」なのでとりとめのない内容もありますが、ダンジョン飯が好きであれば買って損はない作品です。

 

 

『とある宗教に母が3億円お布施しまして』HARU 徳間書店

とある宗教に母が3億円お布施しまして

 

あらすじ・概要

明るい母が、カルト宗教にハマってしまった。裕福な祖父からお金をもらって高額な霊感商品を買い、家では宗教的な暴言を言う。おりしも引きこもりや不登校でばらばらだった著者家族は、母親だけではなく、自分たちとも向き合うこととなる。

 

炭鉱のカナリアとしてのカルト信者

少々エッセイとしては出来すぎのきらいもありますが、面白かったです。

カルト宗教の恐ろしさを買いまることができました。

母親が宗教にハマったことで、家族の関係はぎくしゃくし、家計も不安定になってしまいます。

一方で、著者の家は母親が家の歪みを一気に引き受けており、他の家族は自分のことで精一杯でした。

いわば母親はこの家庭の炭鉱のカナリアで、家族が離散の危機にあるのを、カルト宗教にハマることで止めたと解釈することもできます。

カルトにハマるのは普通の人であり、その家族も普通の人なのだなあと思いました。

 

著者が豹変してしまった母親を見て妹と泣くところは胸が詰まりました。親がこうなってしまったら誰でも泣きます。

 

ストーリーの切り取り方だけを見ればいい話なのですが、気になるところもあります。諸悪の根元であろう暴君的な祖父は今も反省せずにいるのか、夫婦の和解は進んだのか、子どもたちはその後どうなったのか。

わかりやすい話であるだけに、著者が話していないことも多いんだろうなあと思う終わり方でした。

 

 

 

『ロジックツリー』雁須磨子 全2巻 ウィングス・コミックス 感想

 

ロジックツリー(上) (ウィングス・コミックス)

 

あらすじ・概要

大家族で育った螢(けい)は、いつもきょうだいたちのドタバタに巻き込まれている。父方の祖母の家で手伝いをしたり、きょうだいたちの恋愛事情に巻き込まれたり、自分が恋愛をしたり……ラブコメ群像劇。

 

登場人物が多いドタバタ恋愛&家族劇

登場人物が多くて混乱しますが、それも含めて面白かったです。

 

コマ数もセリフ数も多く、バタバタした雰囲気が大人数のきょうだいと、彼らの恋愛事情をめぐるストーリーとぴったりでした。ガチャガチャしたコマ割も、このストーリーを語る上では必要だと感じます。

きょうだいとその恋人、知人たちの「好き」をめぐる葛藤、相反する感情が目まぐるしく行き交いながら、ひとつの作品として完成している稀有な漫画です。

好きだからこそ幸せ、好きだからこそめんどうくさい……というややこしい思いをカラッとした明るい筆致で描いているのが楽しかったです。

 

作品の途中で同性カップルが成立しますが、あっさり扱われているのが独特の味わいがあります。あくまでこの作品の語り手は蛍であり、エモい関係ありきにならないところが一貫していていいです。

このカップルだけでBLシリーズが書けそうなところを、あくまで作品の一部分として扱うのが潔いですね。

あまりBLにははまらないけどこのカップリングは好きです。幸せになってほしいです。

 

 

ラスト付近で主人公螢の前に現れた青年小説家も味わい深かったです。不器用な男で、あまりに正直すぎるところが魅力でも欠点でもあります。

空気は読めないけれど、どこか憎めないキャラクターが好きでした。

 

 

 

『赤ちゃんと僕』羅川真里茂 全10巻 白泉社文庫

赤ちゃんと僕 1 (白泉社文庫)

 

あらすじ・概要

事故で母親を亡くした一家は、父と息子ふたりで暮らしている。小学生の拓也は、いつも弟の実の面倒を見なければならない。まだ赤ちゃんの実は、とても手がかかる。拓也は実に振り回されつつも、学校や近所の人とふれあって成長していく。

 

幼児はかわいいけどめんどくさい

幼児はかわいいけど……面倒くさい!! というテーマが前面に押し出された作品でした。

現代で言うヤングケアラーの物語で、拓也は「実を愛する気持ち」と「家事や子育てが面倒な気持ち」の間で揺れ動きます。

拓也の父もできた父親なのですが、状況的にどうしても拓也を頼らざるを得ないときもあり、父親として葛藤します。その姿が悲しくもいとおしかったです。

 

多様な価値観を描こうと努力しています。働く女性、専業主婦、手芸や料理などいわゆる「女性らしい」趣味が好きな男性、結婚前に子どもを授かってしまった夫婦など。

漫画の中では、迷い、立ち止まりこそすれ、マイノリティの人々が否定されることはありません。そこに優しさを感じました。

人の望むように生きられない悲しみは、いつの時代もあるのでしょう。

 

もちろん昔の漫画なので、現代の感覚からすると古いところもあります。同性愛へのおちょくりはその最たるものです。

ただやはり名作と呼ばれるだけあって、現代でも面白いテーマが多数取り上げられていて面白かったです。

 

 

ただ、これが当時なりの多様性の描き方だったんだろうなと思います。