今回のまとめ記事は、角川文庫のおすすめ本について書きました。
ライト文芸から純文学、翻訳まで、広い分野の本を出しているレーベルです。まとめ記事も雑多な内容になりました。
ファンタジー・SF
『聖女ヴィクトリアの考察』春間タツキ
聖女に選出された理由が不当であると追放されかかった聖女ヴィクトリアは、アドラスという騎士に出会う。彼は、幽霊や精霊が見えるヴィクトリアに「自分が皇子でないことを証明してほしい」と頼んだ。アドラスとともに行動しながら真実を調べるうちに、ヴィクトリアは皇位継承の問題に巻き込まれていく。
展開が早く、情報を出し惜しみしません。そして同時にキャラクターの言動が説明的になりすぎないところが上手でした。
読み始めて20%くらいで、ヴィクトリアとアドラスの倫理観の強い性格、彼らの行動理由、皇位継承のごたごたについて読者に説明し、その上ストーリーもちゃんと進んでいるという離れ業には舌を巻きました。
こういう「説明しながらストーリーも進める」というの難しいんですよね。
キャラクターの設定や性格は地味ですが、それぞれ思うところがあり、多様な人物像を描き分けているのが面白かったです。
『アナンシの血脈』ニール・ゲイマン
チャーリーの父が死に、チャーリーは自分の父親がクモの神アナンシだったことを知る。自分の兄弟がいると言われ、チャーリーは兄弟、スパイダーを呼び出す。しかし、スパイダーは不思議な力でチャーリーの人生をめちゃくちゃに……。
作品全体に漂う人を食ったような雰囲気が面白いです。いいも悪いもないような、突き放したおかしさがあります。
クモ神アナンシは、いたずらで動物たちを困らせる存在だったようなので、その部分を意識してすっとぼけたストーリーになっているんでしょうね。
チャーリーの弟、スパイダーや神であるチャーリーの父親の、倫理観にとらわれないキャラクター性が面白いです。神じゃないと許されない性格をしています。いや、チャーリーは許してないですが。
独特のユーモアににやにやしながら読んでしまいました。悲惨な展開もあるのに楽しくなってきます。
『黄金の王 白銀の王』沢村凛
鳳穐(ほうしゅう)と旺廈(おうか)という二つの氏族が王位を争い続けてきた翠(すい)の国。囚われていた旺廈の頭領薫衣(くのえ)は、鳳穐の頭領で現王の穭(ひづち)に協力を持ちかけられる。それは、長い争いを終わらせ、翠の国に平和をもたらすための戦いだった。
敵対するふたりの人物が共闘を選ぶ、という話だと、ついきれいごとになってしまいそうですが、うまくそれを回避しているなと思います。
穭は手段を選ばないタイプで、暗殺を使ったり権謀術数を使ったり結構えぐいです。一方の薫衣は、忍耐強く正直で、人を引き付ける人望のあるタイプでした。
ふたりの主人公の対比が、うまくかみ合っていて、友情譚、バディものとして面白かったです。
ストーリーとしてはかなり地味で、劇的な展開はないし、スカッとする描写もありません。しかしだからこそ、彼らがこつこつと努力して、翠に平和をもたらしたことが尊く思えました。
『コララインとボタンの魔女』ニール・ゲイマン
コララインの両親はいつも仕事で忙しく、かまってくれない。ある日、コララインはもう一つの自分の家を見つける。そこにはボタンの目をした両親がいた。彼らはコララインに優しく接するが……。
コララインが両親や周りの大人に対して批評的なところもリアリティを感じます。子どもは子どもなりに大人に不満を持っているんですよね。変な料理をしたがる父親などもあるあるすぎて。うちの父親も変な料理作ってたなあ。
ありえない展開が起こるファンタジーではありますが、子どもにとって身近なものをとっかかりにして描いているところがよかったです。そうすることで物語に入り込みやすくなっていると思います。
幻想的で怖いけれど、どこか「ありそう」と思ってしまう塩梅でした。
『地獄くらやみ花もなき』路生よる
宿を失くしネットカフェを泊まり歩いていた遠野青児は、罪を犯した人間が妖怪の姿で見えてしまうという力があった。彼は不思議な館に迷い込む。そこにいたのは不思議な少年、西條皓(さいじょう・しろし)。彼は鬼の代わりに罪人を地獄へ送り込む仕事をしていた。青児は、住み込みで皓の元で働くことになった。
謎解きより雰囲気重視という感じなんですが、この雰囲気がとてもいいんですよね。「罪人に罰を与える」という設定だと単純な勧善懲悪になりそうなところを、キャラクターの人格によって上手く人間関係に深みを与えています。
人間の描き方は露悪的で、あまり気分のいいものではないのですが、それでも過去や周囲の人間関係の描写により、弱さゆえに罪を犯してしまったことが示されます。
探偵と助手の人格自体も善人とは言えず、被害者を少なくしようという意思はあるもののしゃべっていること、考えていることはツッコミどころ満載です。でもそういう善人ではないからこそ説教くさくならずに読めるのでしょうね。
描写もコミカルなところときれいなところのバランスが良くてすらすら読めました。
『フラッガーの方程式』浅倉秋成
クラスメイトに思いを寄せる平凡な高校生、涼一はある日「フラッガーシステム」というものの被験者に選ばれる。それは被験者を中心に世界がフィクションのようにご都合主義になる機械だった。思い人と仲良くなることを夢見る涼一だったが、フラグが立つのはどうにもおかしい女の子たちばかりで……。
「ありえねー」という展開の連続なんですが、よく考えたら自分たちはそのありえない展開をエンタメの中で受け入れています。「都合のいいフィクションラブコメ」への皮肉が利いています。
そんなワヤな作品でありながら、終盤の展開は熱かったです。ただフラッガーシステムの都合のいい展開に流されるだけだった主人公が、好きな女の子を救うため自らフラグを打ち立てていきます。「自分は確かにこの物語の主人公なのだ」という自覚が、運命を変えていきます。
ただ「都合のいい男性向けラブコメへの風刺」にとどまらず、フィクションだからこそ書ける救いというものを描いたエンディングでした。
『リフレイン』沢村凛
宇宙船のトラブルによって無人の惑星に不時着した人々は、イフゲニアという国家を作って生き残りを図った。しかしイフゲニアのあり方に反抗する勢力が現れ、イフゲニアの人々はそのひとりを処刑する。人々が救助されたあと、処刑を実行したラビルが母星に裁かれた罪とは……。
序盤はサバイバルで始まり、そこで生き残るためにやった処刑が、処刑を引き受けた男ラビルの母星ではあってはならない絶対の禁忌でした。人殺しを強く否定する国家の裁きを、イフゲニアにいた人たちは覆そうとします。
SFとしてはあまり科学的な考証はしておらず、雰囲気スペースオペラなんですが、文化による倫理観の対立、平行線をたどる議論は「未来にありそう」と思ってしまいます。
ラビルを守ろうと奔走しても、ラビル自身は無罪を望んでいないわ、裁判でもとりつくしまはないわ、八方ふさがりです。
でも主義主張の違いを無理に和解させようとせず、わかり合えないという事実を丁寧に突き付ける展開はすごかったです。
『夜は短し歩けよ乙女』森見登美彦
とある乙女に一目ぼれした「私」。「私」は乙女の視界に入ろうと彼女を追いかける。一方乙女も、夜を歩くうちに京都で起こる不思議なできごとに巻き込まれ、その中で大活躍する。
基本的にリアリティのないトンチキファンタジーなのですが、ところどころに京都での大学生生活の丁寧な描写があり、幻想と現実を行き来する話でした。
あり得ない展開を何度も重ねながら、古本市に並んでいる本のタイトルの「らしさ」だったり、大学の学園祭の「ありそう」な展示だったり、ふとしたときに現実と繋がる感覚を持ってしまいます。そういう瞬間はどきっとしました。
絶対に現実に起こりえない恋物語が、大団円を迎えたときはすっきりしました。
歴史もの
『はなとゆめ』冲方丁
宮中に出仕することになった清少納言は、そこで中宮定子の聡明さ、優雅さに惹かれる。中宮定子や貴人たちとの交流に、頭のいい清少納言は機転を利かせて雅に答え、それを評価される。しかし次第に、藤原道長の権力が、中宮定子にまつわる人々を脅かし始める。
もうここまで来ると男女CPを前提にした百合という気がしてきます。
実際、清少納言は「中宮の心を独占してみたい」という思考に近いところに至ります。異性愛の規範にどっぷりつかりながらも、定子という女性に焦がれあこがれ、うっとりと見惚れていた結果の思考です。
平安時代なので女性の地位が低かったり、家父長制が強かったり、身分の差が激しかったりと、今の社会とは違う部分がたくさんあります。
それでも違和感なく読めたのは、心理描写が丁寧で、価値観が違うながらも清少納言に心を寄せることができたからでしょう。面白かったです。
現代・日常
『彼女が好きなものはホモであって僕ではない』浅原ナオト
同性愛者である高校生、安藤純はある日クラスメイトの女子、三浦がBL本を買っているところを目撃する。三浦はそれ以来積極的に純に関わるようになり、ついには告白してきた。「将来子どもがほしい」「普通になりたい」「恋愛感情ではないが三浦が好きだ」という気持ちが交錯した結果、純はその告白を受け入れてしまった。
成年淫行も含めて、きわどい表現や倫理的に危ない表現が多く、諸手を挙げておすすめすることはできません。しかしこの作品の登場人物が不完全で、差別心を持ち、正しくないからこそ、面白いのです。
生まれたときから社会の「こうあるべき」という価値観に従えない存在だったら、どうすればいいのか。狂うことなく、他人を傷つけず、生き延びるにはどうしたらいいのか? 作中に登場するゲイたちは、常に自問自答を続けます。
他人よりも自問自答をし続けなければならない、マイノリティの苦しみを感じました。
『NHKにようこそ!』滝本竜彦
引きこもりの主人公は、新興宗教の勧誘にやってきた少女・岬と出会う。隣人の後輩とともに、「このままではいけない」」と思いつつ迷走する引きこもり人生を送る主人公に、岬は干渉しようとするが……。
ドラッグ、暴力、鬱屈した感情ゆえの差別心。自己満足や弱者への見下し。
それがすべてギャグとしても成立しているから恐ろしいんですよね。逆に真面目な本ではなくてよかったかもしれないです。辛すぎるので。
失うようなものは何も持っていないのに異様に恥をかくことを恐れ、世界を憎悪し、死んでヒーローになることを望む。これはありのままの自分を受け入れられないからです。
今の自分を拒み、空想の中の自分とだけつきあっていれば、前に進めないのは当たり前なんですよね。
主人公にとって、ヒロインである岬に出会うことが、客観的に自分を見るきっかけだったのだと思います。関係性はむちゃくちゃなんですが。
『つきのふね』森絵都
中学二年生のさくらは、宇宙船を作る男性、智さんの家に入り浸る。しかし智さんは、少しずつ精神を病んでいく。ストーカー気味の勝田くんとともに、智さんをなんとかしたいと思うが……。
さくらは万引きを繰り返していて、万引きグループを抜けてから、友達と疎遠になります。そんな彼女が、智さんの家を居場所にしてしまうのは必然だった気がします。
そして、さくらを追って智さんの家に入り浸るようになった勝田くんも、孤独への恐怖を抱えています。訳ありだからこそ、智さんの優しさに惹かれたし、助けたいと思ってしまうのでしょう。
智さんを助けようと、子どもなりに奔走する中学生たちの姿を読んでいるとはらはらしますし、誰か助けてあげてほしいと思います。ですが、彼らは訳ありなので簡単に助けを求められないんですよね。
そういう意味で、どきどきする話でした。
『トオチカ』崎谷はるひ
過去の恋のトラウマにより、男性が苦手な里葎子。逃げるように叔母の住む鎌倉に行き、友人と共にアクセサリーショップを開いた。そんな里葎子を何かと構いたがる男、千正がいる。里葎子は彼の行動を測りかねていたが……。
恋愛の展開そのものは、結構もだもだしていて、お互いすぐ素直になれず、遠回りをしてしまっています。
でも、過去のトラウマや、不器用さで遠回りをしてしまう、優しくしたいのにその手を振りほどかれてしまう、という過程が面白かったです。読者としてじらされまくったけれど、そこも含めてときめきました。
大人だからこそ、素直になれないラブストーリーでした。
あらすじだけをまとめてしまえば「トラウマもちの女性がイケメンに癒される」というテンプレの話なんですが、テンプレであることを忘れさせてくれるくらいの描写力があってすごかったです。
ただ、結構エッチなシーンがあるので苦手な人は注意ですね。
『アーモンド入りチョコレートのワルツ』森絵都
ピアノ教室に謎のフランス人がやってくる表題作ほか、夏休み別荘で遊ぶ子どもたちがピアノ曲を無理やり聞かせられる話、不眠症の少年少女がピアノの前でひっそりと出会う話の、ピアノ曲をテーマにした短編集。
この作者の作品はDIVE!!やカラフル を読んだことがあり、面白いけどラストがご都合主義的ハッピーエンドなのが不満でした。この本は短編ということもあって、無理やりなハッピーエンドにはされてなかったのがよかったです。すべて丸く収まらないからこそ、余韻が楽しめます。
ピアノ曲の描写も「一度聞いてみたいな」と思うような書き方で、ピアノには詳しくないんですがわくわくしました。
『ジョゼと虎と魚たち』田辺聖子
車いすで暮らすジョゼは、同棲し自分を世話する恒夫を「管理人」と呼ぶ。奔放でわがままで、でもどこか憶病なジョゼは恒夫とさまざまなところへ行く。ふたりの微妙な関係はどうなるのか……。表題作ほか、大阪の男女の営みを描く短編集。
短編として好きだった話は「荷造りはもう済ませて」です。子どもを持つ男性と結婚することになり、「子どもを引き取らず、男性の実家に住まわせてお金だけ送る」という選択をした女性えり子の話です。男性の実家にかつての元妻が住み着いたことで、えり子の心はざわめきます。
夫婦が恋人同士のように暮らす幸せ。しかしその幸せは本物なのかと考えてしまうえり子。しかしえり子以外の女性たちも自分の幸せを振り返って悩んでしまう瞬間があるだろう、という結末が面白かったです。
以上です。興味があれば読んでみてください。