ブックワームのひとりごと

読書中心に好きなものの話をするブログです。内容の転載はお断りします。

ちくまプリマ―新書のおすすめ20選 心の健康、言葉、政治、歴史や文化

このブログには広告・アフィリエイトのリンクが含まれます。

Twitterのアンケートで読みたいと言ってもらったちくまプリマー新書のおすすめをまとめました。

筆者の興味関心ゆえにメンタルヘルス関係に話題が偏り気味なのですが、そういうものだと思って読んでください。

 

 

精神疾患・メンタルヘルス

『ぼくらの中の発達障害』青木省三

ぼくらの中の発達障害 (ちくまプリマー新書)

発達障害の人たちを看てきた著者が、その人たちの悩み、解決策などを書いていく。発達障害の人たちは、コミュニケーションが苦手なことで悩んでいる。しかし、彼らは決して対話不可能な存在ではない。発達障害の人と話すコツや当事者の心構えについても書く。

特徴的なのは著者の発達障害に対する人々への優しいまなざしです。著者は発達障害の人を「自由意思のある人間」とみなし、対話を試みようとします。発達障害の人自身も、コミュニケーションが不得手で人を傷つけてしまうことに悩んでいます。彼らのために論点を整理し、わかりやすい対話をすると聞いてくれることもあるのです。

私もつい最近上司の言うことがわからなかったのですが、時間を取って丁寧に説明してもらったらわかったことがありました。日常の合間に忙しくコミュニケーションするとわかりづらいし、きちんと時間を取って対話することの効力を感じました。

honkuimusi.hatenablog.com

 

『壊れた脳と生きる』鈴木大介・鈴木匡子

壊れた脳と生きる ――高次脳機能障害「名もなき苦しみ」の理解と支援 (ちくまプリマー新書)

高次脳機能障害の当事者となった鈴木大介と、医師である鈴木匡子が対談形式で語り合う。障害による困りごとや、他人から子どものように扱われてしまうことの劣等感、そして高次脳機能障害への支援の足らなさなど、当事者だからこそできる話をする。

脳梗塞など、何らかの事情で脳の機能を失ってしまう高次脳機能障害の人々。できないことが増えるがゆえに、他人から子ども扱いされたり、劣等な存在として扱われたり。本人はそのことで苦しんでいます。

しかし、感情的になってしまったり、忘れっぽくなったりした家族を周囲もどう扱えばいいのか悩んでいます。

認知症の人をどう扱うかという問題に似ているなあと思いました。

脳の障害で感情のコントロールができなくなってしまったとき、やっぱり相手のことを「人が変わってしまった」とどうしても思ってしまう気がします。相手が嫌いだからじゃなくて、好きだから「過去のあの人とは違うんだ」と納得しようとしてしまうというか。

どちらの気持ちもわかってしまうがゆえにやるせないです。

honkuimusi.hatenablog.com

 

 

『「死にたい」と言われたら 自殺の心理学』末木新

「死にたい」と言われたら ――自殺の心理学 (ちくまプリマー新書)

「死にたい」と思ったことがある人は人口の2、3割だという。そして全死因の2%は自殺である。死にたいと思ったら、そして親しい人に死にたいと言われたらどうすればいいのか。自殺が起こりやすくなる原因を語りながら、実際に自殺の対策をしていくにはどうすればいいか考える。

友人や家族に「死にたい」と言われたらどうするかの話にかなりページを割いていて、うつ状態やその他の精神疾患に陥ってしまった人とその家族には有用だと思います。支援する側もひとりで解決しようとしないことが大事です。

また、共感的にふるまうことは相手の自殺意図を肯定することではありません。相手のことを否定しないようにしつつ自殺を肯定しないようにしなければなりません。高度なコミュニケーションが求められて大変です。

著者は自殺を防ぐためには人を孤独にさせないこと、その上で世間における人付き合いが大事だと説きます、自分は放っておくとずっとひとりでいるため、耳の痛い内容でした。

honkuimusi.hatenablog.com

 

『はじめての精神医学』村井俊哉

はじめての精神医学 (ちくまプリマー新書)

妄想幻覚が出る、気分が落ち込む、同じ行動を何度も繰り返すなど、精神疾患の現れ方がさまざま。精神科医が精神疾患の分類や治療法を紹介し解説する。また、現代の精神医学が抱える問題や葛藤、可能性についても語る。心を病むとはどういうことか、考えてみる本。

本書の本番は中盤以降から。「精神疾患」とは何なのか、普通と普通でない線引きはどこに引くかという議論を紹介します。

「心の病気」という言い方はときに差別的な意味合いを持ちます。LGBTの人々が同性愛を精神疾患の中から削除するように求めたのもそういうことでしょう。

一方で、「病気」と定義することで医者たちが治療法を探してくれたり、保険で医療を受けられたり、福祉制度の対象になったりと恩恵を受ける人たちもいます。ゲーム依存、性依存などの「行為依存」の人たちがそれです。彼らは「病気である」という定義を受けて「人に助けてもらって回復を目指す」という選択肢を得ます。

この世のあらゆる感情の動きを病気とするには大袈裟ですが、やはり、コントロールできない心を抱えて悩んでいる人もいます。精神医学の模索が続きます。

honkuimusi.hatenablog.com

 

『嫌な気持ちになったら、どうする?――ネガティブとの向き合い方』中村英代

嫌な気持ちになったら、どうする? ──ネガティブとの向き合い方 (ちくまプリマー新書)

 

若いころ生きづらさに悩み、依存症の研究者になった著者。自分の中のネガティブな感情とどう付き合っていけばいいのか。大学生に教える上で、著者は「生きづらさ」が誰の心にもあるものだと知る。誉め言葉や𠮟責では癒されないネガティブとの向き合い方とは。

嫉妬や自己否定など、人間誰しもネガティブな感情を抱えてしまうことがあります。しかし何も考えずにそれを言ってしまうと、相手にネガティブを感染させてしまいます。

ネガティブを感染させずにネガティブな相談をすることが可能なのか、後半はそのことを考えていきます。

私も結構ネガティブなことを言いがちなので身につまされました。けれど抑圧もよくないというのがややこしいです。

著者は大学で教えていました。大学生たちとのレポート提出や対話の中でさまざまな生きづらさに触れています。

印象的だったのが、誰が見ても仲良しのカップルが「自分たちは孤独だ」と思っていたところです。孤独というのは他人から測れないんだなあと思いました。

honkuimusi.hatenablog.com

 

 

『ヤングケアラーってなんだろう』渋谷智子

ヤングケアラーってなんだろう (ちくまプリマー新書)

片親で親の代わりに家事をしている子ども、障害や病気のある家族を世話している子ども、幼いきょうだいを世話している子どもを「ヤングケアラー」と呼ぶ。ヤングケアラーの統計上の実態と、具体的な事例、これからの解決策について考えていく。

序盤は統計とともにヤングケアラーの実態に迫ります。どの家族をケアしているのか、よくある悩みとは何か、解説します。

中盤からは具体的なヤングケアラーについての事例を取り上げます。

ヤングケアラーというとどうしてもいかにも困っていそうな外見を思い浮かべるでしょうが、この本に寄稿している元ヤングケアラーの女性は進学校に行き生徒会やイベントに活発に参加していました。また、不登校児童が実は本人の問題ではなくヤングケアラーとして扱われているからこそ不登校になってしまった場合もあります。

子どもがヤングケアラーになるのはどんな家庭にも起こりえます。裕福な家にも幸せそうな家にもヤングケアラーはいるかもしれません。大人がその可能性を頭の片隅に置いておくのが大切だと感じました。

honkuimusi.hatenablog.com

 

言葉や文章

『読まれる覚悟』桜庭一樹

読まれる覚悟 (ちくまプリマー新書)

売れないライトノベル作家、桜庭一樹は『GOSICK』のヒットにより首の皮一枚つながるが、それは「読まれる」ことへの葛藤の始まりだった。読者に誤読されたとき、崇拝されたり感情移入され過ぎたりしたとき、作家はどのようにあるべきか。「読む・読まれる」ことの関係を考える本。

著者はライトノベル作家から一般小説へと主とする分野を変え、その過程で「自分の作品についてさまざまな反応をする読者」と出会います。

ないはずのシーンをあったと勘違いしている人、全く違う解釈で読まれてしまうこと、作品と人間を同等に扱いすぎる人々。

著者自身も読み間違えること、記憶違いを書いてしまうことがあり、その反応はブーメランでもあります。自身に向けられる感想に対してなるべく寛容でありたい、と心を砕きます。

しかし作家は全ての感想に対して沈黙を貫かなければならないのか、というとそうでもないでしょう。あまりにも差別的な反応、誹謗中傷に近い反応には「嫌だ」と言っていいはずです。そのあたりの塩梅も難しかったです。

honkuimusi.hatenablog.com

 

『やさしい日本語ってなんだろう』岩田一成

やさしい日本語ってなんだろう (ちくまプリマー新書)

わかりやすく、簡単な日本語で情報を伝えようとする「やさしい日本語」の運動。その運動のあらましや、文章を「やさしく」するコツ、現代の日本が抱える言語的少数派の悩みなどを解説。言葉による「やさしい」を考えると、少数派の日常の困難が見えてくる。

外国人や障害のある人のための「やさしい日本語」の取り組みについて書かれた本。「やさしい」日本語がなぜ必要なのか語ります。

他の国の、言語的少数派のための「やさしい」言語の取り組みなども興味深かったです。

アメリカが公文書の簡略化に取り組んだエピソードは面白かったです。

日本におけるローマ字標識の統一性のなさについても話しています。これは私も気になっていました。

長音記号ををつけない、湖南(こなん/Konan)と甲南(こうなん/Kounan)を書き分けない、中途半端な英語訳など問題点がいろいろあります。

そもそも中国や韓国などの漢字文化圏の人たちもいるし、英語よりひらがなカタカナを覚える人も多いのだから、漢字にふりがなを振るなど漢字の表記を充実させてもいい気がします。

honkuimusi.hatenablog.com

 

思想・価値観

 

『はじめての哲学的思考』苫野一徳

はじめての哲学的思考 (ちくまプリマー新書)

社会の役に立たないと言われがちな哲学。しかし、それは誤りである。人々が知らないうちに、哲学は社会に大きな影響を及ぼしている。民主主義や人権、日常生活にかかわる哲学の存在を解説し、哲学的思想を学ぶことの大切さを語る。生活に役立つ「哲学」について考える新書。

人間には偏見があり、いつも正しく世界を認識しているかはわかりません。哲学とは恋愛、政治、人間関係など、あいまいな概念を掘り下げて説明することによって、普遍的なものを見出そうとする試みです。

「感じ方は人それぞれ」なのは当たり前ですが、それを強調しすぎると学問も何を語っていいのかわからなくなります。人間にとって本当に学ぶべきことは何なのか、ということを知る上でどうしても抽象的思考は必要になってきます。

見ているもの、感じていることは絶対ではないけれど、「そういう願望がある」ということは本物なのだという著者の主張は面白かったです。

honkuimusi.hatenablog.com

 

 

『「みんな違ってみんないい」のか?――相対主義と普遍主義の問題』山口裕之

「みんな違ってみんないい」のか? ──相対主義と普遍主義の問題 (ちくまプリマー新書)

「正しさはひとそれぞれ」繰り返し語られる言葉だ。しかし、フェイクニュースの蔓延や、過激思想の台頭によりそれはゆらぎ始める。人は多様だが、多様でない部分もある。著者は異なる人たちの間に「正しさ」を設定し、議論することの重要性について語る。

確かにこの世界には多種多様な人々が暮らしています。そういう人々に西洋の白人社会の「普通」を押し付けることはよくないことです。

しかし、人間はありのままの社会だと結構似通った暮らしをしているということもわかっています。

文化人類学者は、「未開の人(この言い方も差別的ですが)たちの社会には、西洋社会と全く違うはず」と考えていましたが、その期待は打ち砕かれることになります。

差別や人間関係のトラブル、男尊女卑、思春期の問題などは、どの社会にもあります。むしろ西洋と全く違ったユートピアがどこかに存在すると思っていること自体が失礼です。

honkuimusi.hatenablog.com

 

『はじめて学ぶ生命倫理 「いのち」は誰が決めるのか』小林亜津子

はじめて学ぶ生命倫理 ──「いのち」は誰が決めるのか (ちくまプリマー新書)

安楽死は許されるか、子どもの自己決定権はどこまで存在するのか、精子バンクから生まれた人たちが親を知る権利は……。テクノロジーの進歩によって、多様性によって生命倫理の問題に直面する医療従事者たち。現代の医療が抱える生命倫理の問題を紹介する。

生命倫理の問題は、人間の自由意思をどこまで認めるべきか、という話に行き着きます。例えば親にカルト宗教で洗脳された子どもには自由意思があるのか、死の恐怖におびえる人に自由意思はあるのか? 人間は、常にやりたいことを選びとれるとは限りません。

精子バンクから生まれた子どもについてどうとらえるべきか、という問題です。

精子バンクは、不妊治療の選択肢や、同性カップルが子どもを持つ手段としての期待があります。一方で、より優秀な遺伝子を求めて精子バンクを利用しようとする人がいます。

しかし、人間の運命は遺伝子だけで決まるものではありません。優秀な遺伝子を持っていても、社会的に成功するとは限りません。優秀な遺伝子を持つ子どもが社会的な成功を得られなかったとき、親は子どもを愛せるのでしょうか?

シビアな話題ばかりで怖かったです。

honkuimusi.hatenablog.com

 

 

 

『はじめてのフェミニズム』デボラ・キャメロン

 

はじめてのフェミニズム (ちくまプリマー新書)

honkuimusi.hatenablog.com

 

『はじめてのニュース・リテラシー』白戸圭一

はじめてのニュース・リテラシー (ちくまプリマー新書)

巷にあふれるデマ・フェイクニュース。コロナ禍も相まって、真実を知ることはますます困難になっていく。ニュースを受け取る人々は、どのようにしてその良しあしを判断すればいいのだろうか。新聞記者であった著者が、メディア内部の事情を解説しつつ、過酷な情報化社会の歩き方を模索する。

「報道によって社会をいい方向へ変えたい」と願いつつ、マスメディア内部の事情から、それが達成できない記者たち。記者であった著者自身のエピソードも明るいものばかりではなく、特ダネを求めるあまりに、政府の人間に乗せられ、うっかり体制側の記事を書いてしまった苦い経験もあります。

この世のすべてのニュースを紹介することができない以上、そこには優先順位がつけられます。しかしその優先順位は誰が決めるのか……。今の優先順位は正しいのか。伝える側の苦悩が垣間見えます。

結局受け取る側が賢くなるしかないのだ、というのは正論ですが、賢くなろうとした結果、陰謀論の方を信じてしまう人もいます。どこまで信じてどこまで疑うか、は本当に難しいです。

なるべく色眼鏡を外して、自分が好きな人だって嘘を言うことがあるし、嫌いな人だって本当のことをいうことがある、ということをしっかり認識しておかなければならないのだと思います。

honkuimusi.hatenablog.com

 

『民主主義という不思議な仕組み』佐々木毅

民主主義という不思議な仕組み (ちくまプリマー新書)

日本では当たり前のものとなっている民主主義。しかし、そこには重層的な問題がある。民主主義の各国の歴史や、民主主義における矛盾や欠点を述べつつ、これからの民主主義を考える。選挙や代議士ありきではない、能動的な政治の在り方とは何なのか。

さかのぼれば古代ギリシャからある民主制は、アメリカやイギリス、フランスなのでも現れ、「選挙で政治家を選ぶ民衆」が現れます。しかし、それでよかったねとはなりませんでした。

国会議員を市民が選ぶ代議制では、市民が思ったことを直接政治の世界に伝えられるわけではありません。同時に、特定の人々だけ得する政策だけで票を集め、国全体の政治のバランスは何も考えていないという状況も起こってしまいます。

著者は、このような民主主義のもつ欠点を解消するには人々が政治に参加することが大事だと説きます。票が取れなくてもマイノリティがきちんと発言し、意に沿わないことをやらせようとされれば非服従で対抗します。

honkuimusi.hatenablog.com

 

歴史・文化

 

『西洋美術とレイシズム』岡田温司

西洋美術とレイシズム (ちくまプリマー新書)

華やかな西洋絵画の世界だが、そこには当時の差別やステレオタイプがある。著者はノアの息子ハムや、ハガルとイシュマエル親子の旧約聖書の描かれ方からそこにひそむ人種差別について解説する。西洋絵画とそこに描かれる肌の色の深い関係について考えてみる新書。

旧約聖書に登場するのは古代の中東に暮らす人々。しかし西洋の人々はその姿を自分の都合のいいように、思想に添わせるように描きました。

敵対者の人間の肌が浅黒く描かれたり、あるいは異人種でも西洋人に似せて描かれたり……とその差は恣意的です。

明らかに差別的意図のある絵は他の国にあまり紹介されないので、こういう機会を得られること自体が新鮮です。

ノアの息子ハムはノアの裸を見たことでノアに我が子を奴隷として扱われる呪いをかけられますが、それが黒人奴隷を正当化する理由として扱われたらしいです。

大規模な黒人奴隷はアメリカが有名ですが、実はヨーロッパにも黒人奴隷はいました。ヨーロッパでは特異な容姿から見世物のように扱われていたようです。

ちょっとした記述なのにここまで悪影響が出るのはなかなかひどいですね。

honkuimusi.hatenablog.com

 

 

『世界の教科書でよむ<宗教>』藤原聖子

世界の教科書でよむ〈宗教〉 (ちくまプリマー新書)

高校の倫理教科書の編集に携わっている著者が、各国の宗教教育の教科書を集め、比較します。その国で「宗教」とはどのように学ばれているかを通して、日本における宗教教育の問題点も見えてきます。

登場する国は基本的に政教分離であり、国教は公式にはありません。しかし、明らかに特定の宗教に集中していたり、あるいは教会が直接学校に指導に言っていたり、完全に公平というわけではありません。

ただ、共通しているのは、世界同時多発テロや移民問題などで宗教間の偏見が増大される中、「どのように子供たちに宗教における寛容を教えるか」について各国が悩んでいるところです。

こうしてみると教科書作りというのは、間違いはあるのに答えはない難しい過程なのだなあと感じます。

教科書ってつまらないんですが、「未来を担う子どもたちにはこう教えよう」という大人たちの決意でもあるので、もろに国ごとの考え方が出ちゃうのでしょう。

honkuimusi.hatenablog.com

 

 

 

『鬼と日本人の歴史』小山聡子

鬼と日本人の歴史 (ちくまプリマー新書 422)

日本人に怖れられ、またユーモラスに描かれてきた「鬼」。その存在はどうやって確立し、文化の中でどう扱われてきたのか。中国から入ってきた鬼の概念から、節分の成立、鬼とマイノリティの関係など、鬼と日本人の歴史について語る本。

怪異や妖怪、人ならざるものの表現は、その当時マイノリティだったり、抑圧されていたりする属性と深く結びついています。

障害を持つ子どもが鬼子とされ、凶兆として恐れられ、親に捨てられる。また、嫉妬に狂った女性が鬼と化す物語を、エンタメとして受け止める。

女性が特別悪い存在だとは思いませんが、立場の弱い存在がネガティブな感情にとらわれるのは、それはそうだと思います。でもそういう悲劇がエンタメとして受け入れられたのは、女性の悲しみに少しは共感してくれる人がいたからかもしれません。

人が信仰を持つこと、不思議なものの存在を語ることと、差別の問題は関係があります。それをきちんと話してくれる本だからこそよかったです。

honkuimusi.hatenablog.com

 

『病魔という悪の物語 チフスのメアリー』金森修

病魔という悪の物語 ──チフスのメアリー (ちくまプリマー新書)

アイルランド系移民で館の使用人だったメアリー・マーロウ。料理が上手く屋敷の主人からも信頼を得ていたが、彼女は腸チフスの無症状キャリアだった。今まで働いた屋敷で何度も腸チフスを感染させてきた彼女は、無理やり社会から隔離させられる。しかし、それは正しいことだったのだろうか……。

繰り返されるのは、メアリーが「チフスをばらまいた毒婦」でも「かわいそうな被害者」でもなく、普通の人だったという事実です。無症状キャリアの象徴となる前に、ただの人間だった。著者はその人間としてのメアリーを見ろ、と伝えて来ます。

そして、その「普通の人間」に対して、公衆衛生はどこまで介入していいのか、という話でもあります。

メアリーはたくさんいたキャリアのひとりでしかありませんが、当局のメアリーへの態度は執拗です。腸チフスがさほど脅威ではなくなった時代にも、隔離は続けられてきました。

合理的理由や保証がないままに、ひとりの女性が人生を狂わされた。公衆衛生のためとはいえ、それが許されるのでしょうか?

この問いに明確な答え、明確な線引きはありません。だからこそ著者はこの本をすっきりしない内容のまま書いたのではないでしょうか。

honkuimusi.hatenablog.com

 

その他

 

 

『18歳の著作権入門』福井健策

18歳の著作権入門 (ちくまプリマー新書)

身の回りにあるさまざまな小説・漫画・映像作品。それらはどこまで勝手に使っていいのだろうか。著作権法でできること、できないことを解説する、基礎的な著作権の知識を身に着けるための本。

知らなかった部分は、「非営利であるかぎり公開作品の上演・口述は自由」というところですね。前にネットに投稿された漫画を見た人が「劇団の演技の練習のシナリオとして使わせてほしい」と頼んでいるのを見たことがあるのですが、あれは厳密には許可取らなくていいんですかね。

一応聞いてみたほうが無難ではあるとは思うんですが。

二次創作やパロディ、オマージュなどのオタク文化によくある二次利用にも結構触れられていて参考になりました。二次創作やパロディってどこも「黙認」が基本だと思っていたんですが、「原作の商売を邪魔しない限り合法」と定義されている国もあるんですね。知らなかった。黙認システムで回っている日本はそれはそれで特殊なのでしょう。

基礎的な情報ばかりですが、その分「やっていいこと」「やってはいけないこと」がわかりやすくまとめられているので、「著作権って何?」と思ったときはおすすめの本です。

honkuimusi.hatenablog.com

 

 

『高校生のためのゲームで考える人工知能』三宅陽一郎・山本貴光

高校生のためのゲームで考える人工知能 (ちくまプリマー新書)

プログラミングによって人の知能を模倣する人工知能(AI)。この本ではゲームにおけるAIの作り方を語り、それを通して「人間の認識」や「電脳世界に世界を作ること」を問うていく。

ゲームをプログラミングするというのはどういう仕事か、具体的にイメージが持てたことがよかったです。

人間は無意識に地形や道路に置かれているものを認識しています。でも、それを人工知能にさせようと思うと難しいです。モンスターキャラに地形を利用した攻撃をさせたり、プレイヤーキャラが見えたら攻撃させたり。プログラムは打ったとおりにしか動かないので、細かく「認識」を設定する必要があります。

全部ひとりで作っているわけではないとはいえ、途方もない作業だな……と気が遠くなりました。

そしてその過程で、「見える」とは何か? 「使える」とは何か? と、哲学的なことを考えざるを得なくなります。

人工知能を作ることは、人間の「認識」を問うことでもあるのだとわかりました。

honkuimusi.hatenablog.com

 

以上です。興味があれば読んでみてください。

 

精神疾患関連の新書おすすめ10選 自死問題・発達障害・統合失調症 

岩波ブックレットの災害関連書おすすめ10選 関東大震災・阪神淡路大震災・東日本大震災

【コンパクトに読める学びの世界】岩波新書のおすすめ本10選