「生きづらさ」という言葉は、便利すぎて陳腐化したきらいがありますが、それでもこの言葉で自分のつらさを語ることができた人がいるのは事実です。
今回はその「生きづらさ」をテーマにした作品を紹介いたします。
- 本:フィクション
- 本:ノンフィクション
- 漫画
- 少年少女の息苦しい日々をファンタジックに描く 『少年少女漂流記』
- 世界に居場所がない女性が新天地を見つける『百万畳ラビリンス』
- 性的暴力を受ける少女とそれを助けられない大人たち 『ひばりの朝』
- 女にも男にもなれない男装少女と雌雄同体なめくじ神の結婚『ばけむこ』
- シングルファザーとゲイの弟の夫の交流『弟の夫』
- 魔女として虐げられた女性たちを治療しようと試みる『魔女をまもる。』
- 何かが足りない中学生の青春 『ちーちゃんはちょっと足りない』
- 家族を求めてさまよう男の末路『not simple』
- 結婚に対するもやもやを言語化した作品『逃げるは恥だが役に立つ』
- 女系でつながる家族の悲しみ『愛すべき娘たち』
- 努力が下手な女性の末路 『ヤサシイワタシ』
- 漫画:ノンフィクション
- 映画
本:フィクション
女性カップルが家父長制の中で戦う『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ』
ガス惑星の周囲を回る宇宙船で、大気を泳ぐ魚を獲って暮らしている人々、周回者(サークス)。お見合いで振られてばかりだったテラは、家出少女ダイオードと出会う。彼女は夫婦ペアでしか乗れない漁業船、礎柱船(ピラーボート)に、同性同士で乗ろうと持ち掛ける。試しに漁に出てみたふたりは相性ばっちり。だが、周囲は彼女らの挑戦を許さなかった。
SFなのにごりごりの家父長制。そしてその窮屈な社会で生き延びようとする女性ふたりの話です。差別をしてくる人間に悪気がなさそうなのがリアル。
特に「自分は抑圧されてきた」ということに気付いたテラの変化がよかったです。
モヤモヤするあるある小説『高慢と偏見』
聡明で理知的なエリザベスは、近所に引っ越してきた青年ビングリーとその友人ダーシーと知り合う。エリザベスは、ダーシーの高慢な態度に嫌悪感を抱く。一方エリザベスの姉ジェインはビングリ―に恋心を抱くが……。
ラブコメ小説ですが、親の描写が優れている作品でもあります。
主人公をコントロールしようとする母親と、優しいがあまり頼りにならない父親。そんなふたりと理知的なエリザベスが微妙にかみ合わないのがリアルです。
すごく不幸せと言うわけではないけれどなんとなくモヤモヤする生活、の描写に優れています。
「ふつう」から外れたふたりが寄り添う『極彩色の食卓』
美大を休学して女性の家を転々としていた青年、燕(つばめ)は、半分引退したような女流画家律子に拾われる。律子は掃除もできなければ炊事もできず、まったく生活力がない。燕は律子の弟子から送られてくる食材を駆使して料理を作るのだった。
両親の過干渉から絵が描けなくなった燕と、過去に囚われている律子。「ふつう」から外れたふたりが年の差を超えて寄り添い、一緒に生きる姿が癒されます。
料理の描写もおいしそう。
親との問題を抱えた少年少女が心を通わせる 『陸と千星~世界を配る少年と別荘の少女』
両親の離婚の話し合いの間、田舎の家に預けられた千星。彼女はそこで新聞配達をしている少年、陸と出会う。朝の新聞配達のときに起こる小さな触れ合いを通して、ふたりはお互いに惹かれ合っていく。
愛のない夫婦の間に生まれた千星と、ネグレクトされながら育った陸。自分でどうにもならない理不尽さに傷つき、千星は泣けなくなり、陸は笑えなくなってしまいます。
親との問題を抱えたふたりが交流を通して救いを見出す、少し切ない恋愛小説です。
家族にトラウマを持つひきこもりの弟 『ひきこもりの弟だった』
ひきこもりの兄と、彼を過保護に世話する母との関係がトラウマになっている「僕」。彼は初対面の女性、千草から結婚することを持ちかけられる。僕と彼女は、穏やかに生活を送っていくが……。
恋愛をすること、家庭を持つことに前向きになれないふたりが、共犯者のように一緒に生活をしていきます。
母と兄をずっと憎んでいた主人公。しかし彼らもきっとそれぞれの地獄の中にいたんですよね。
ラストは意図がよくわからなかったんですが描写自体は好きです。
笑いでしか生きられない男『火花』
若手漫才師である「僕」は同じ漫才師の神谷に惚れこみ、師弟関係になる。神谷は笑いに対する純粋さは人一倍あったが、その生活力のなさから借金を膨らませていく。やがて「僕」と神谷は別の道を行くことに。
やっていることはすべてダメ人間の行動なのに、「僕」が神谷に惹かれていくのもしょうがないと思えるような、とんでもない魅力を持っています。
笑いでしか生きていけない、一種の純粋さを持つ人間の末路は滑稽でありながら悲しいです。
普通になりたくて嘘をつく同性愛者『彼女が好きなものはホモであって僕ではない』
同性愛者である高校生、安藤純はある日クラスメイトの女子、三浦がBL本を買っているところを目撃する。三浦はそれ以来積極的に純に関わるようになり、ついには告白してきた。「将来子どもがほしい」「普通になりたい」「恋愛感情ではないが三浦が好きだ」という気持ちが交錯した結果、純はその告白を受け入れてしまった。
主人公はゲイですが、ストーリーとしては男と女の感情の話です。三浦に惹かれ、好ましいと思いつつ、「性器が勃起しない」という点でどうしても「普通の彼氏」にはなりえない純は悩みます。
同性愛者であっても「普通」にはなりたい。そんな悩みを抱えながら嘘をついてしまう主人公の葛藤が苦しかったです。
コンビニのアルバイトでしか生きられないサイコパス『コンビニ人間』
18年間コンビニ店員を続けていた女性、古倉。彼女はコンビニでしか生きていけなかった。そんな中、彼女のいるコンビニに白羽というアルバイトの男がやってくる。他人を見下し、周囲に攻撃的な彼と、古倉はある取引をすることになる
主人公は共感能力のないサイコパス。確かに主人公はヤバい女だけれど、コンビニ店員でい続ける限り、他の人に迷惑をかけているわけではないんですよね。
それなのに「年を食ってコンビニで働いているなんて……」と言う周囲は異常ではないのか? とだんだん思えてきます。
果たして異常なのは誰なのだろうか? と不安になる本です。
引きこもり脱出を試みて七転八倒 『NHKにようこそ!』
引きこもりの主人公は、新興宗教の勧誘にやってきた少女・岬と出会う。隣人の後輩とともに、「このままではいけない」」と思いつつ迷走する引きこもり人生を送る主人公に、岬は干渉しようとするが……。
「何者かになりたい」「自分らしく生きたい」ということ自体が「呪い」なのではないのでしょうか。失うようなものは何も持っていないのに異様に恥をかくことを恐れ、世界を憎悪し、死んでヒーローになることを望む。これはありのままの自分を受け入れられないからです。
自分自身に呪いをかけた男が、何とかそこから脱出しようともがく話です。
本:ノンフィクション
子どもの貧困のリアルを描く『子どもの貧困連鎖』
近年深刻化する子どもの貧困。定時制高校に通う子どもたちや、保健室で給食の残りのパンをかじる小学生。彼ら彼女らに取材し、具体的な「子供の貧困」を明らかにするノンフィクション。
貧困に陥る親たちに共通しているのは、「忙しすぎて生活保護をはじめとする福祉サービスを利用する暇がない」ということ。世話をされず、お金もなく、追い詰められていく子どもたちの姿が悲しいです。
子どもの貧困って具体的に何? という問いに答える本です。
自死遺族の子どもたちの手記集 『自殺って言えなかった。』
年間三万人が自殺している日本。親が自殺してしまった子どもたちは、その後どのような生活を送るのか。あしなが育英会の自死遺児たちは、自ら体験を文章にし、文集にまとめた。
登場する自死者たちは、本当に人徳者な人もいれば、正直いい親とは言えなかった人もいます。しかし子どもたちは、どんな親であれ親の自殺に深く傷つき、「親が死んだのは自分のせいではないか」とずっと自分を責めています。
親が自死した、ということを周囲に言えず、自責の念に駆られている生活を想像するととてもつらいです。そんな中、遺族同士で助け合おうとする子どもたちが救いでした。
敏感な人のための恋愛指南『敏感すぎてすぐ「恋」に動揺してしまうあなたへ』
普通の人より敏感な人、HSP(highly sensitive person)。敏感ゆえに他者を遠ざけてしまったり、恋愛関係で我慢を続けてしまったりする。そんな敏感な人のために、どのように気持ちよく「恋」をするかを語る本。
HSPの男性が押し付けられている「強い男」の固定観念についても述べられていて、生きづらい男性の参考になるのではないでしょうか。
「敏感」なまま恋をし生き延びるにはどうすればいいのか、を説明してくれる本です。
結婚における部落差別の調査『結婚差別の社会学』
「被差別部落出身だから」ということで結婚に反対される人々がいる。著者は実際に結婚差別を受けた部落出身者に聞き取り調査を行い、親や当事者の行動を分類した。そこから見えてくる、現代社会の部落差別とは……。
それは結婚差別を抜きにしても犯罪だろう、というエピソードもあり、結婚差別をもとにして家族崩壊を起こしてしまうところが恐ろしいですね。
いつもは見えない差別が、結婚をきっかけに露呈する。その状況が非常に怖かったです。
演劇界を生きてきた男による人生相談『鴻上尚史のほがらか人生相談 息苦しい「世間」を楽に生きる処方箋』
舞台の演出家であり作家でもある鴻上尚史。舞台人として数々の人間関係に揉まれてきた彼が、送られてくる人生相談に答える。友人との関係、夫婦の関係、夢を追いかけること。著者の経験から語られる、社会を生き抜くポイントとは。
著者はそれほど特徴的な回答をしているわけではないからです。親と折り合いがつかない女性には家を出ることを勧め、友人と絶交された人にはその人のことは忘れろと言う。結論だけ抜き出してしまえば月並みです。
「なぜ自分はそうすることを勧めるのか」という理由付けがしっかりしていて面白いんですよね。漠然とした生きづらさを解体し、自ら行動できることを提案する。そこが面白かったです。
双極性障害を持つ著者が語る「らしさ」とは『絲的ココロエ―「気の持ちよう」では治せない』
双極性障害(躁うつ病)Ⅰ型と長く付き合ってきた著者。現在は感情の起伏をある程度コントロールできている。著者なりに起伏を小さくする工夫や、病気で感じた世の中の生きづらさなどを語るエッセイ集。
メインの双極性障害の話より、世の中に漠然とある「生きづらさ」を的確に言語化しているところが面白かったです。
世間の「女らしさ」という固定観念に抗ってきた。しかし、自分自身も己に「こうあるべき」という呪いをかけていたのではないか……自分自身と向き合い、自分に必要な行動について考える著者の姿が素敵でした。
漫画
少年少女の息苦しい日々をファンタジックに描く 『少年少女漂流記』
孤立、親との関係、ダイエット。悩みを抱える少年少女たち。彼らの心はファンタジックな風景を生み出す。小説家の乙一と漫画家の古谷兎丸の合作である連作青春短編。
空想のファンタジーっぷりがすごい。夢の中のように非現実的で、それゆえに壮大。それが思春期の不安定な心によく合っていました。あの時代の情緒不安定、自意識過剰っぷりにはファンタジーがよく似合いますよね。
大人になってしまえば忘れてしまう思春期特有の「生きづらさ」が描かれた作品です。
世界に居場所がない女性が新天地を見つける『百万畳ラビリンス』
人と関わるのが苦手でゲームばかりしていた礼香は、友人の庸子とともに不思議な世界に迷い込んでしまう。いくつもの部屋が連なり、謎の法則でできている世界を、礼香は持ち前の行動力と洞察力で攻略していく。どうやらこの世界には、人類の命運がかかわっているようで……。
天才的なゲームのセンスを持ちながら、社会に溶け込めず生きづらさを抱えている礼香と、向こう見ずな礼香を心配し寄り添おうとする庸子。このふたりがタッグを組んで不思議な世界を攻略していくのが熱いです。
そして現実世界ではなくこのわけのわからない世界でこそ輝く礼香が悲しくもいとおしいです。ラストは寂しいけれどさわやかでした。
性的暴力を受ける少女とそれを助けられない大人たち 『ひばりの朝』
蠱惑的で、臆病で、人目を引く少女、日波里(ひばり)。周りの大人たちは、彼女に対して劣情や憎悪を持つ。しかし、彼女は実は、父親から性的ないたずらをされているらしい……。
読み終わって「こんなやるせない話があっていいのか」と言いそうになりました。でもありそうなのが困ってしまいます。
ひばりはちょっと見た目がかわいくて色っぽいだけで、「普通の女の子」です。でも周りの大人たちは、「きみは普通だよ」と言ってあげることができません。自分のことで忙しく、保身にまみれていて、ひばりのことまで気が回らない。
そういう大人たちの責任逃れがひばりを苦しめているんですね。つらい。
女にも男にもなれない男装少女と雌雄同体なめくじ神の結婚『ばけむこ』
女性が短命な一族に生まれ、男の子として育てられた葬太郎。彼(彼女?)は謎の生き物にさらわれ、雨の中の館にたどり着く。葬太郎はそこの主であるなめくじの姫君、銀書姫に結婚を持ちかけられた。かくして人となめくじの奇妙な結婚生活が始まる。
女にも男にもなれず、中途半端なままで生きてきた葬太郎がなめくじの神様と出会い、お互いを受け入れる話です。抽象的なのでちょっとわかりづらいです。
民話や神話をベースに語られる、「あいまいでもいいじゃない」という性の賛歌です。
シングルファザーとゲイの弟の夫の交流『弟の夫』
シングルファザーとして娘を育てる弥一のもとに、ひとりのカナダ人男性が訪ねてくる。彼の名はマイク。弥一の「弟の夫」だという。彼は弥一の家に滞在し、しばらく街を見て回ることになる。最初は戸惑っていた弥一だが、マイクと交流を重ねるうちに、同性愛者への見方を変えていく。
同性愛者差別や偏見をテーマにはしていますが、そういう差別や偏見を持った人たちを、一方的に悪人に描かないところが優しかったです。でも、だからこそつらい部分もあるんでしょうね。
普通の人の何気ない差別心が少数者を苦しめている、ということがわかる漫画でした。
魔女として虐げられた女性たちを治療しようと試みる『魔女をまもる。』
16世紀、魔女狩りの嵐が吹き荒れるドイツ。そこでひとりの医者が魔女を治療しようとしていた。ヨーハン・ヴァイヤーは、魔女と呼ばれる女性たちの奇行を「病気」なのではないかと思い、魔女と噂される老女や人狼に襲われた事件を調査する。精神医学の祖と呼ばれる医師を描いた歴史漫画。
ヨーハンは魔女と呼ばれる女性たちが病ゆえにそうなっていることを証明するため、「魔女が起こした事件」を調査していきます。
彼女らに必要なのは休息と治療であり、魔女裁判ではない――今では精神医学の基礎とも言える価値観を、居場所のない女性たちのために主張したのがすごかったです。
何かが足りない中学生の青春 『ちーちゃんはちょっと足りない』
中学生のちーちゃんは、おバカだけれど友人と楽しく暮らしている。友人のひとり、ナツもちーちゃんが好きだ。しかし、女子バスケ部が顧問の誕生日プレゼントを買うために集めていたお金がなくなった。その事件をきっかけにナツとちーちゃんの関係は狂い始める。
主人公のちーちゃんは頭はよくないものの天真爛漫で、周りの友人は彼女を大切に思っています。その優しさが心地よかったです。しかしそれだけでは終わりません。
知識が足りない、お金が足りないことで人生が狂いかける。その怖さと、引き返すことのできる喜びが同時にありました。
家族を求めてさまよう男の末路『not simple』
父親から「恋人を殺す」という脅しを受け、アイリーンはイアンという浮浪者の男と一緒に行動する。彼を父親に恋人と勘違いさせ、実の恋人を守る作戦だったが……。家族を求めて放浪するイアンと、彼にかかわった人々を描く。
両親に疎まれ、姉は刑務所に行き、売春をさせられてしまう。イアンの人生は、「どうしてこうなったんだ」というできごとの連続で、読んでいて憂鬱になります。
イアンに優しくしてくれる人たちもいるけれど、どこか未熟で、子どもっぽくて、完全にはイアンを助けられません。それは仕方のないことですが、イアンのそばで彼を大切にしてくれる人がいれば、と思ってしまいます。
不運が重層的に重なった人間の人生の話でした。
結婚に対するもやもやを言語化した作品『逃げるは恥だが役に立つ』
大学院を出ても正社員として就職できなかったみくり。派遣切りに遭って求職中のみくりに、家事代行の仕事が舞い込んでくる。雇い主平匡(ひらまさ)と良好な関係を築いたみくりは、「就職としての結婚」を提案する。
登場人物の恋愛模様がみんなかわいくて、女性向け漫画としてちゃんと面白いです。
そんな漫画がなぜいろいろな人の心を打ったのかというと、結婚に対するもやもやや、恋愛に対する固定観念を言語化して表現したからだろうなと思います。
自分の気持ちを言葉にすることの大切さを描いた作品でした。
女系でつながる家族の悲しみ『愛すべき娘たち』
大病から生還した母は、これをきっかけに結婚すると言い出した。その相手とは、娘よりも年下の俳優で……。一組の親子を中心に、それぞれの人間関係が描かれる連作短編漫画。
普通に生きていく中で、ちょっとした寂しさや、ままならなさを感じることがあります。そのようなささやかでネガティブな感情をよく描いていると思いました。
「ふわっとしたしんどさ」を具体的な描写で描いていく作品でした。
努力が下手な女性の末路 『ヤサシイワタシ』
大学の写真サークルに所属している主人公は、先輩と恋に落ちる。しかしその先輩は、過去に問題があって……。なんとか彼女とうまくやっていこうとするが、二人の状態は加速度的に悪くなっていく。
ヒロイン弥恵はかなり人を振り回してばかりいて、そのくせ毒舌で正直で、登場人物の中でも「嫌い」とはっきり明言する人がいるくらいです。
しかし根底には、彼女の抱える生きづらさがあります。自分なりに努力しているのに周りにはそう見えない。自分なりにあがいているのに、努力の方法が根本的に下手なので彼女は前に進めません。
なんとかならなかったのか? と読み終わって考えてしまう漫画でした。
漫画:ノンフィクション
優しい男性がアトピーにかかる『アトピーの夫と暮らしています』
少し弱気だけど優しい夫。彼は実は、成人になってから発症したアトピー患者だった。アトピーをきっかけに離職や休養を余儀なくされながらも、何とかカメラマンとして自立しようとする夫。それを支え、ともに食事制限をしてきた妻から見たコミックエッセイ。
著者の夫がアトピーによりストレスフルなSEの仕事を続けられなくなり、寝込んでしまうシーンは他人事ではありませんでした。私も持病で学校をやめたからなあ。おそらく、こういう風にドロップアウトする人って思った以上にいるんですよね。目立つところに出てこないだけで。
優しい人ゆえにストレスに振り回されてしまう、その現実が悲しかったです。
生きるのが下手な子どもをどう育てるか『不登校の17歳 出席日数ギリギリ日記』
中学生の時から不登校で、ぎりぎりの状態で高校に受かった娘。しかしそこでも学校になじめず、休みがちになってしまう。出席日数の綱渡りをしながら、どうにか高校を卒業しようとする姿を親の視点から書いたコミックエッセイ。
いやはや本当に大変そう。不登校の子をなだめたり叱ったりしながら、どうにか社会に参加させようと悩む親。
一方で、この漫画に出てくる娘はいろいろな問題を抱えているけど生粋の悪い子ではないんですよね。友達はいるし、うまく適応さえすればバイトができる。ただ人より頑固に生まれついてしまっただけで。
彼女が人生を生き延びるにはどうすればいいのか? と著者と一緒に悩んでしまいました。
メンタルめちゃくちゃだからレズ風俗に行った『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』
漫画家を目指しながら、自傷や摂食障害を繰り返し、人生の迷子になっていた著者。その原因は自分の意思がないことではないかと考え、親に内緒でレズ風俗へ挑戦する。はたして「親の機嫌をとる自分」から脱出できるのか……。
レズ風俗というタイトルがセンセーショナルですが、実際には生きるのがへたくそな女性がなんとか生きていく方法を探すエッセイです。低すぎる自己評価のせいで何度も迷走するダメ人間ながら、その姿がどこかユーモラスで嫌いになれません。
めんどくさい部分は簡単に治らないけれど、それでも生きていていいんだ、と思えることが大事なんでしょうね。
福祉制度でで救えない誰かがいる 『はざまのコドモ 息子は知的ボーダーで発達障害児』
幼いころからおかしな行動があった息子。彼は検査によって発達障害だと判明する。そして、知能が平均より低い知的ボーダーだということも。しかし、療育手帳が取れないため、福祉サービスが受けられない。助ける人のいない親子の放浪が始まった……。
知能がやや遅れているけれど、話は通じる。しかし困りごとはたくさんある、というやっかいな現状。それを打破するためにさまよう母の苦しみが描かれていました。
福祉制度ではなかなか救えない人がこの世にはいる、ということがわかる作品です。
自己肯定感の低さから依存に陥る『アル中ワンダーランド』
ブログをきっかけにイラストレーターの仕事を始めるものの、多忙で家事がままならなくなった著者。お酒でそれを解決したことを機にに、アルコール依存症のスパイラルにはまっていく。
アルコール依存症のエッセイコミックではあるんですが、お酒の怖さを訴えるとか、読者に禁酒を勧めるとか、そういう説教臭いシーンはほとんどありません。あるのは著者、まんしゅうきつこのお酒による奇行のオンパレードです
そして読み進めていくと、著者が非常に自己肯定感の低い女性であることがわかります。「お酒を飲まないと面白い作品が描けない」と思い込み、ますます酒に走る著者の不安定さが怖かったです。
特殊すぎる家庭で生きるレズビアンカップル『お母さん二人いてもいいかな?』
レズビアンである著者は、女性と事実婚をしている。その「妻」は、子持ちで、産後うつがひどく、そしてとてもつらい過去を抱えた女性だった。著者自身も虐待の過去を抱えながら、毎日楽しく七転八倒して生きる。訳ありレズビアン家庭の日常を描いたコミックエッセイ。
正直かなりしんどい家庭です。しかし「普通」の人しか子どもを産んではいけないのか、というとそうではありません。普通じゃない人がなんとか寄り添い家庭を作っていく話です。
著者夫婦はへんてこだしトラブルも多いですが、それでも息子たちを守り、将来を応援しようとしている。それだけで十分でしょう。
汚部屋から見えてくる病理家庭『家族が片付けられない』
うつをきっかけに実家に戻った著者。しかし実家は、大変な汚部屋と化していた。家の大掃除をし、住める環境に戻した著者だったが、家族は相変わらず片付けられないまま。その上、掃除を巡って口論になる始末。疲弊する原因は、彼らの心の闇にあるようで……。
この本は「心の闇を乗り越えて片づけられるようになりました!」という話ではありません。「片づけをして家族(自分含む)の心の闇に気付いた……」という話です。なので話が終わっても問題は解決していません。
しかし家族それぞれの自尊心のなさが汚部屋となって立ち現れている現象が、つらくも印象的でした。
映画
社会保障の狭間に入り込んでしまった老人とシングルマザー『わたしは、ダニエル・ブレイク』
ダニエル・ブレイクは大工だったが、心臓病によって医者から働くことを止められた。しかしダニエルは役所からは「就労可能」と見なされ、支給金目当てにしたくもない就職活動をするはめになる。そんな折に出会ったシングルマザー、ケイティとともに、どうにか貧困から抜け出そうとあがくのだが……。
ダニエルがケイティと出会ったとき、「貧困の中の人間同士が助け合ってどうにかなる話なのかな」と思ったんですが、そうは問屋は下ろさなかったです……。これは社会の理不尽に直面し、摩耗し、まともに戦うことすらできなかった人の話です。
社会保障システムからこぼれ落ちた人をどう扱うか、放っておいていいのか、という話でした。
生きづらさを抱えた子供たちが謎のピエロと戦う『IT/イット それが見えたら終わり』
ある雨の日にジョージィが消えた。兄のジムは、何とか彼を探し出そうとする。その過程で、ジムは「それ」を目撃した。ジムを含むルーザーズ・クラブの面々は、「それ」と対決をしようと試みる。
ジムを含むルーザーズ(負け犬)・クラブの面々は、虐待を受けていたり、太っていたり、吃音だったり……。生きづらさを抱える子どもの造形は、アメリカと日本でそれほど変わらないんですね。
そんなつらい経験をした子どもたちが町を救うために奔走し、ひとまずの勝利をつかむのはさわやかでした。
自殺志願の子どもたちがそれぞれの苦しみを癒す 『十二人の死にたい子どもたち』
集団自殺を行おうと廃病院に集まった12人の子どもたち。しかしそこには、13人目の死体が横たわっていた。全員が賛成しないと集団自殺は決行できない。12人の子どもたちは、それぞれの思惑を胸に13人目の死の謎について調べ始める。
センセーショナルなタイトルと設定とは裏腹に、かなり道徳的で希望のあるストーリーでした。子どもたちが「なぜ死にたいのか」という理由を、死にたい子どもたち同士の謎解きと交流によってひとつひとつつぶしていきます。
行き場のなかった死にたい気持ちが、話し合うことで出口を見つけていく。その過程が心地よかったです。
貧困で残酷な家庭を持つ女性が女子ボクサーになる『ミリオンダラー・ベイビー』
ボクシングのトレーナーのダンのもとに、31歳のボクサー志願者の女性、マギーがやってきた。押し切られるようにして彼女にボクシングを教えることになったダン。リングに上がったマギーは快進撃を続けていく。
結末はショックだったけれど、マギーとダンの親子のような師弟関係は見ていていとおしかったです。素直にダンを慕うマギーに、ひねくれもののダンは心を開いていきます。
そしてマギーの持つ「貧困家庭」のいびつでしんどい描写がね……。こんな家族でもマギーにとっては家族。だからこそあのエンドはつらいんですよね。
差別の多重構造の中被害者と加害者が入り混じる 『クラッシュ』
商店を経営しているイラン人、札付きのワルである黒人青年、テレビドラマの脚本家をしている男とその妻……などなど。ひとつの事故をきっかけに、それぞれの運命がリンクしていく群像劇。
この作品の大きなテーマに「人種差別」があります。登場人物の多くは、多かれ少なかれ差別的な言動をしています。それがとても露悪的で、胸が悪くなります。
しかし、映画を見ているうちに、彼らもまた人種差別やステレオタイプ、貧困の中で苦しみ、もがき苦しんでいることがわかります。「差別をする人が悪で、そうでないひとが善」というきっぱりした割り切り方はできません。
誰もが被害者にもなるし、加害者にもなる、という差別の怖さが描かれています。
なぜ継母は若く美しいシンデレラをねたんだのか 『シンデレラ』
親の再婚により継母と一緒に暮らすことになったエラ。しかし父親は死に、シンデレラ(灰かぶり)とあだ名をつけられ継母にいじめられるようになった。ある日シンデレラは見知らぬ男性に助けられ、彼との再会を望む。
この作品で白眉なのはシンデレラの継母の描き方。美しく利発な彼女は、夫を亡くし、金銭的に頼るためにシンデレラの父と再婚します。
女性が一人で生きていけない時代に生まれ、馬鹿な娘を二人抱えて、望んでいない結婚をしなければならなかった彼女の心の内を察すると……。
いじめは許されませんが、「ねたみ」の構造がリアルで継母は嫌いになれないキャラでした。
トラウマを持つ女性の回復『ショート・ターム』
家庭や自分自身に何らかの問題を抱える子どもたちを保護するシェルター「ショート・ターム」。そこで働くグレイスは、ボーイフレンドのメイソンの子どもを妊娠する。喜び結婚しようと言うメイソンだったが、グレイスは過去のトラウマゆえに躊躇してしまう。
傷ついた子どもたちを保護し、彼らが日常に戻る支援をするグレイス。しかしストーリーを追っていくうちに、彼女のトラウマが紐解かれていきます。その示し方がさりげなく、ラスト付近でグレイスがそのトラウマを口にしたときには胸が詰まりました。
この世にはどうしようもない悲しみが存在しているけれど、それでも生きていける、誰かを愛せる、という前向きさがよかったです。