過去の記事を見返していましたが、そういえばSF漫画のまとめは書いたことなかったですね。ということでおすすめのSF漫画の記事を描きました。
アクション
『バタフライ・ストレージ』安堂獅子里
死んだ人が蝶になる世界。蝶に関する事件を扱う「死局」で働く主人公小野百士は、蝶を失って廃人になった双子の姉を元に戻す方法を探している。事件に対処し、死局のメンバーたちの過去を知るにつれて、百士は今の社会の闇に触れていくこととなる。
人が死んだら蝶になる世界。死んだ人の蝶は回収され、サーバーに保存されてマザーコンピューターのようなものを形成しています。死んだ人の人格や記憶を連結することで高度な思考や未来予測が可能になっています。
蝶を人間の魂として時に信仰し、ときに忌み嫌う文化はさまざまなところに存在します。そんなオカルトでスピリチュアルな概念とSFが融合した世界観です。
ストーリーの展開が早く、なおかつアクションシーンがかっこいいので楽しかったです。
事件に伴う死局の人々の過去もはらはらしながら読みました。
『ワールドトリガー』葦原大介
異世界からの誘拐におびえる世界。主人公はボーダーという組織に入り、そこで仲間を得て戦う。
ざっくり要約すると、異世界から謎の侵略者が来るので少年少女が戦うよ、という話。
特徴的なのはトリガーという道具で、これを使うとトリオン体という分身のようなものに身をやつすことができます。トリオン体がいくら傷ついても本体には傷は尽きません。ただしトリオン切れを起こしたり、トリオン体が大きく損壊した場合は戦闘不能になり緊急脱出(ベイルアウト)することになります。
ロジカルで功利主義的なミリタリー作品です。
単純に努力したからとか、思いが強いからとか、心理的な面は評価されません。もちろん心理的な面がきっかけになることはあるけれど、評価されるのはあくまで結果に対する貢献度。頑張ったとしても負けは負けというシビアな世界はまさに「戦争」です。
これ、SFファンタジーだからこそそういう描写ができるんですよね。現実に近い世界観だったら生々しすぎて受け入れられなかったと思います。
『いぬやしき』奥浩哉
冴えないおじさん、犬屋敷は、ガンで余命宣告をされ、自分の人生を省みていた。そんなとき突然機械の体を手に入れ、自分が自分ではない心境に陥る。犬屋敷は人を助けると自分が自分でいられることに気づき、強大な力を使って人を救うようになる。
主人公、犬屋敷は、機械の体を持ったことで自分の同一性に不安を抱き、「いいことをすると、自分が自分でいられる気がするから」という理由で人を助けます。
心がむしゃくしゃしたとき、赤十字に寄付をしたり、人に親切にすることによって心が落ちついたことがあります。だから犬屋敷の行動には共感を覚えました。
しかしもうひとりの機械化人間、皓は能力を人を殺すことに使ってしまい、人々から追われる身となります。
本人の主観から見れば、彼は彼なりに「自分の同一性」に悩み、悩んだ結果殺人を犯してしまっています。
だからと言って彼の罪が許されるわけではないのですが、善も悪も、それを為す人の主観から見ればあまり変わりはないのかもしれない、と思いました。
宇宙
『彼方のアストラ』篠原健太
どんな困難があっても全力で生き残ろうとする少年少女たちは見ていて勇気づけられました。
主人公でもありタイトルにもなっているカナタのムードメーカーっぷりがよかったです。まっすぐだけれどばかではなくて、ちゃんと仲間のことを考えて秘密も持てるし作戦も組める。熱血主人公ってこいつ本当にリーダーの器か? と思うことも多いんですがカナタは本当にかっこいいリーダーでした。
そして伏線を丁寧に敷き詰めながら、終盤で一気に回収していく手腕は本当にしびれました。
なぜ主人公たちが狙われたのか? 謎の球体の正体は? なぜ飛ばされた場所に宇宙船が浮かんでいたのか? それらすべての疑問が解決していくのには驚きと同時に興奮も覚えました。
『きみを死なせないための物語』吟鳥子
人類が地球に住めなくなった世界。人々はコクーンと呼ばれる宇宙上のコロニーに住んでいた。幼形成熟(ネオニティ)で成長が遅いアラタ、ターラ、シーザー、ルイの四人は、祇園という女性と出会う。彼女はダフネ―症という奇病にかかり、16歳までしか生きられない運命だった。
SFとしてガッチガチに設定が決まっていて面白かったです。
コクーンというコロニーの設定、幼形成熟のネオニティや、人間関係を契約によって形作る社会。
特に契約社会のシステムは印象的でした。「親友」の第一パートナー、キスをする関係の第二パートナー、生活を共にする第三パートナーという契約の他に、会社で友人を作るにも私的な友人を持つにも契約が必要です。
実質的な伴侶である第三パートナー以外とも生殖ができるため、同性愛者であることが今の時代よりハンデにならないところも面白いです。実際、主人公四人のうちシーザーは同性愛者です。
ただ、性の多様性は現代より認められているけれど生殖中心主義は変わらず、「役に立たない」と見なされると安楽死されてしまいます。ディストピア……。
『ブレーメンⅡ』川原泉
宇宙船ブレーメンⅡの船長に抜擢された主人公は、そこで知性ある動物たちと働くことになる。初めてのことに戸惑いながらも、主人公は動物たちと困難を乗り越えていく。旅の終わりに、出会った1匹の黒猫とは……。
知性のある動物たちと共存していく話。
さすがに人生こんなにご都合主義にはならないでしょうが、こうして救われる作品もあっていいと思える内容でした。
虐げられたもののために、みんなが立ち上がるシーンは何だか泣けてきます。本当にこういう世界であればと思いました。
女性主人公なのに、まったく好いた惚れたの話がないところもいいですね。
『果ての星通信』メノタ
海外に行き恋人にプロポーズするつもりだったロシア人のマルコは、突然全く知らない場所に連れてこられた。マルコは今日から「局員」として、10年間故郷に帰らないまま星を作る仕事をしなければならないという。恋人に再会したいマルコは、どうにか逃げ出すことを考えるが……。
SFではありますが、物理法則がめちゃくちゃな設定があったり、創造神のような存在がいたりで、ファンタジックでスピリチュアルな要素が強いです。
しかしそういう理屈に合わない展開と、主人公マルコ自身の心の動きが上手く交じり合っていて、独特の世界観を醸し出していました。
結婚という概念がない種族、クローン技術で増える種族、中世のような文化を保っている種族など、描かれる文化は現実世界よりよほど多様です。
同時に、そんな多様な文化が認められる世界にさえ、世界のセーフティネットから零れ落ちて生きなければいけない人々がいるということも描き出しています。
キャラクターにほとんど悪い人はいないし、ほのぼのとした雰囲気ですが、展開はときにやりきれない、苦いものになります。苦しく優しい物語でした。
『レベルE』冨樫義博
野球進学のために親元を離れた高校生、雪隆のマンションに、記憶喪失の宇宙人を名乗る男がいた。自由すぎる彼のせいで、雪隆はトラブルに巻き込まれることに。稀代のトラブルメーカーでいたずら者の「バカ王子」をテーマにしたSFコメディシリーズ。
測のつかない展開でありながら、「面白さ」という期待は裏切りません。わかりやすい王道展開を拒み、何度も読者を騙しながら、納得のオチへ持っていきます。
どこまでもベタを拒むひねくれた内容ではありますが、そこが私みたいにひねくれた人間には心地いいんですよね。
あと著者の女性の描き方が好きなんですよね。基本的にベタなヒロイン像は描かないし、男にもめったに媚びません。媚びることがあっても、媚びることを武器にしている女性が多いです。マクバク族のサキ王女はその極みで、クラフトの前では庶民的な女性を演じつつも、裏では種族の本能に忠実な、戦闘力高い女性であることがわかります。
こういう男に都合の悪い女が大好きなんですよ。HUNTER×HUNTERもそういう女性がいっぱい見られるから好きです。
『ぼくの地球を守って』日渡早紀
高校生の亜梨子(ありす)は隣の小学生輪(りん)につきまとわれている。輪はある日亜梨子の目の前でベランダから落下、九死に一生を得る。責任を感じる亜梨子に、輪は婚約してほしいと要求する。同じころ、亜梨子は同じ夢を共有するクラスメイトと出会う。彼らは前世の記憶を夢に見ているようなのだが……。
前世が宇宙人、というところまでは普通に思いつくアイデアだと思います。
しかし「地球を観測していた宇宙人たちが、戦争によって母星を失い、地球に降りるか揉めているところで疫病が発生、全滅する」という前世の物語がめちゃくちゃ面白いんですよね。
前世の登場人物は故郷を失った絶望と、疫病による死の恐怖にさらされ、彼らが追い詰められて起こした罪が現世の若者たちに影響していきます。
人間関係も昼ドラのように錯綜していますが、それぞれのキャラクターにどろどろした感情を抱くだけの理由が用意されています。悪趣味なだけでは終わらないように作られているのがいいです。
『バビロンまでは何光年?』道満清明
地球最後の生き残りだが記憶喪失な青年、バブ。拾ってくれた宇宙人とポンコツ宇宙船で三人で旅をしながら、生存本能に基づいて種を撒いたり鬱になったり。バブは自分の記憶を取り戻すためには、四次元人という時間や空間を自在に行き来する存在に会う必要があると知るが……。
カートゥーンっぽいデフォルメの効いた絵柄で、性風俗、女体化、失禁などちょっとアレな性癖が描かれる作品。
特にTSF好きな人は一回読んだ方がいいと思います。「癖」を感じる。
主人公は作品の途中でナノマシンによって女体化するのですが、その後男や女と寝たり、女の状態で「パパ」になったり、さらっと女の体に適応しているのが逆に面白いです。
それでも下品にならないのは、明るいコメディチックなノリと、不謹慎とまともを行き来する独特の世界観ゆえでしょう。
この作品では結構雑な理屈でワープが可能だったり、パーカーが宇宙服だったり、ナノマシンが万能だったりします。
SFとしてはゆるふわであまり考証はされていなさそうですが、「SFっぽいエッセンス」はたっぷり入っているので楽しいです。
『サザンと彗星の少女』赤瀬由里子
青年、サザンは彗星人を名乗る少女・ミーナに出会う。彼女はけた外れなエネルギーを持ち、銀河の悪党に終われていた。ミーナを助けたいと思ったサザンは、間抜けな盗賊と一緒に宇宙に旅立つ。
サザンは好きになった女の子を守るために大冒険します。
本来ちょっとあり得ない展開ですが、こういう夢みたいなフィクションもあっていいよなあと思えます。
現実には、私は長いものに巻かれ、世界に流されて生きています。だからこそサザンのようなたったひとりのために世界を救えるような主人公にあこがれるんですよね。
サザンの一途な思いと、それを向けられて感情を変えていくヒロインの姿が魅力的でした。
脇役キャラたちもいかにもな悪役からだんだん親しみの持てるキャラに変化していくのが面白かったです。ベタだけどこういう好感度の変化いいですよね。
終末
『宝石の国』市川春子
意思を持ち動く宝石たちが暮らす世界。落ちこぼれのフォスフォフィライトは博物誌をまとめる仕事を任される。しかしいい加減なフォスは仕事に身が入らず……宝石をさらう月人たちとの戦いを重ねるうちに、フォスは体も心も変容し続けていく。
スケールが大きな作品でありながらミクロな視点でも楽しめました。それはフォスフォフィライトが人間味のある愚かさを持ち合わせたキャラクターだったからではないでしょうか。
フォスフォフィライトは常に誰かを助けたがっていますが、他人がどういう助けを欲しているかには気づいていません。そして他人を助けようとして空回りしています。
その空回りっぷりがいくつもの偶然と陰謀が重なり、とんでもないことになってしまったのがびっくりしました。面白いという基準だけでは評価できない、唯一無二の作風でした。
『世界の終わりのオタクたち』羽流木はない
年下のオタクに執着しているオタクや、同人誌を薪にできないオタク。終末世界に暮らしているオタクは、作品について何を思うのか。ハードな状況の中で、なお創作を、コンテンツを愛するオタクたちの連作短編。
印象的だったのは、女体化二次創作を好む女性の回です。好きなキャラクターが女体化するところを夢想しながら、「どうして原作で男性のキャラクターを女体化してしまうのか?」と疑問に思います。
周囲が彼女のことを否定するわけではなく、彼女自身がぐるぐる悩んで考えているところが斬新でしたね。
彼女らの行動は、美しくはなく、浅ましいです。
しかし、この世界で、困難を抱えて生きていく上で、「何かにのめり込むこと」が人を救うことがあります。終末というのはひとつの比喩で、私たちオタクは常にこのろくでもない世界でフィクションを支えに生きているのかもしれない。そしてその状況は『世界の終わりのオタクたち』に出てくるオタクと変わらないのかもしれないと思いました。
『少女終末旅行』つくみず
終末世界で生きるチトとユーリ。彼女らは、多層的に作られた町の最上層を目指して旅をする。人と出会ったり、機械に遭遇したり。燃料や食料を補給しながら、ふたりの旅は続く……。
劇的な伏線やストーリーはないし、世界観にツッコミどころがなくもないんですけれど、描写にものすごい「圧」を感じます。
チトとユーリが固形食糧を食べたり、洗濯したり、燃料を補給したりするだけで言いようのないセンチメンタルな気分になります。
読み進めるほどに、苦しいような切ないような気持ちが増幅されて苦しかったです。
便利すぎる言葉なのであまり使いたくないんですが、こういうのを「エモい」って言うんでしょうね。
少女ふたりがひたすら旅をするだけで、ここまで面白く描けることがすごいです。
『日本沈没』小松左京原作・さいとう・プロ
19XX年、日本では連続して火山の噴火や地震が発生していた。潜水艦の運転手である小野塚は、学者の田所とともに海底の調査に乗り出す。徐々にわかってきたのは、「このままでは日本列島は沈没する」ということ。人々は度重なる災害に疲弊し、不安になっていた。
人の心がすさみリンチや暴行が起こり、被災地で冬を越せないとデモで政府に訴え、日本を脱出する船や飛行機に乗るまで長い長い徒歩の旅をする……という一般民衆の振る舞いも迫力がありました。本格的に日本から逃げ出す前に地震や噴火で交通網がずたずたになり、人々は着の身着のまま歩いて逃げざるをえなくなります。山の多い日本で山を越えて港を目指していくのが悲しかったです。
「日本人が100万人単位で移民するのはその土地の人間にとっては侵略に等しい」ということが繰り返し語られますが、結局その問題は解決しないまま終わります。日本人たちが日本を脱出したその後も、差別や偏見、貧困、隔離政策にさらされ苦しむでしょう。
しかしこの作品は移民批判ではなく、「生きたいと望む人間には逃げさせてやればいいのだ。つまらない感傷でそれを引き留めるべきではない」という話でもあると思います。
国を愛していても国と心中するほどの義理はありません。むしろ極限状態でもしぶとく生存を望む人間の生命力を感じました。
『OZ オズ』樹なつみ
傭兵のムトーは、少女博士であるフェリシアと謎のアンドロイドとで、と科学の理想郷である「OZ(オズ)」を目指すこととなる。世界は核戦争で崩壊しており、旅は苦難の連続だった。やがてムトーはOZの本当の姿を知る。
アンドロイドの自我の目覚め、核戦争後の世界、ミリタリー要素、ラブロマンスと盛りだくさんです。しかし冗長にならず、サクッと終わったのがよかったです。
各軍隊と傭兵たちの関係や、終末世界での宗教の扱いなど、世界観も濃い内容でした。
こういうギリギリの生活をしている中で、宗教によりどころを求めるのは逆に現実味があります。理屈だけでは己のモラルを保てないでしょうね。
人間関係(アンドロイド含む)はだいぶドロドロしていますが、これはこれで面白かったです。私はネイトとバイオロイドの話が好き。女性体でありながら自分が女性であるという実感の乏しいアンドロイド、いいですね。
バディ
『百万畳ラビリンス』たかみち
人と関わるのが苦手でゲームばかりしていた礼香は、友人の庸子とともに不思議な世界に迷い込んでしまう。いくつもの部屋が連なり、謎の法則でできている世界を、礼香は持ち前の行動力と洞察力で攻略していく。どうやらこの世界には、人類の命運がかかわっているようで……。
天才的なゲームのセンスを持ちながら、社会に溶け込めず生きづらさを抱えている礼香と、向こう見ずな礼香を心配し寄り添おうとする庸子。このふたりがタッグを組んで不思議な世界を攻略していくのが熱いです。
礼香はこの迷宮世界の攻略、庸子は自分の恋人や日常と、それぞれ相手とは別の大切なものを持っているところも「友情もの」として素晴らしいです。女ふたりの物語でありながら、関係が閉じていきません。
私はゲームはそれほどやらないのですが、読み進めるほどに混沌としていた迷宮のルールがわかってきて、主人公たちが自在に動けるようになるのが面白かったです。
礼香がめちゃくちゃ頭のいいキャラなので、攻略がさくさく進み読んでいて退屈しません。上下巻とは思えないくらい中身が濃い作品です。
『LIMBO THE KING』田中相
28歳の海軍兵アダムは、「眠り病」に関するミッションを与えられる。それは、ダイバーのルネと組んで眠り病患者の夢の中に潜ること。眠り病の秘密を調べていく過程で、ふたりは眠り病を巡る陰謀に巻き込まれていく
この話はとにかくアダムがかわいいんですよね。
いや、でっかい筋肉の兄ちゃんを「かわいい」と言うのは語弊があるんですが、表情豊かでユーモアがあり、優しくてかっこいい……という気持ちを総合すると「かわいい」になってしまいます。オタクすぐかわいいって言うから……。
そんなアダムをうっとうしく思いながらだんだん心を開いてしまうルネもツンデレかって感じで愛しくなってしまいますね。
眠り病を巡るハラハラドキドキする展開や、描写力のすさまじさにも惹かれる作品です。
不思議なアイテム
『ハカセの机上な愛蔵』時田
純真無垢だが一般常識がないハカセと、彼女の唯一の友人でありハカセの奇行にいつも巻き込まれている「君」。ハカセの作る発明品のせいで、ふたりは毎回トラブルに巻き込まれてしまう。近所の小学生、くおりあも加わって、ドタバタコメディは加速していく。
性癖がすごかったです。天才的科学者ではあるがどこか抜けていて一般常識を持たないハカセと、その唯一の友達でありハカセに恋心を抱いているらしい「君」。
基本的にはハカセが周囲をしっちゃかめっちゃかにして「君」が巻き込まれる構図なのですが、だんだん「君」の激重感情がひどくなっていくのが怖いです。
その性欲、独占欲、恋愛感情は正直気持ち悪いですが、ちゃんとエンタメとして笑える範囲になっているところがすごいです。漫画がうまい。
ハカセ自身も倫理がないので、破れ鍋に綴じ蓋だなあ、と受け入れられてしまうのが面白かったです。
『死んだ彼氏の脳味噌の話』Ququ
脳に関する技術を提供する会社、「ブレブレブレイン」。死んだ人間の脳みそを最愛の人に届けるサービス、暴力的な子どもをいい子にする機械、「彼を大好きだったあの日」に戻れる薬。彼らの技術は人々の心に波を起こし、否応なく自分自身と向き合わされてしまう……SF連作短編。
世の中を良くしようと誕生するテクノロジー。しかしそれで人々の悲しみや劣等感やコンプレックス、後悔がなくなるわけではありません。「便利」と「救い」は違います。
どれほどテクノロジーが発達し、人の心を操れるようになっても、自分の心を救うのは自分だけなのでしょう。
連作短編に登場する技術を作り出した女性研究者はサイコパスで、人の心が根本的にわからない人間なのですが、最後まで読むと彼女が少しかわいそうになってきます。彼女もまた自分の心を自分で救うすべがわからない人です。だからこそ倫理のないテクノロジーを生み出してしまったのかもしれません。
最後の終わり方はめちゃくちゃ皮肉だけれど、彼女の孤独を思うと複雑な気持ちです。
『有罪無罪玩具』詩野うら
博物館にやってきた女性。職員が取り出し説明するのは、不思議なおもちゃたち。命を持つシャボン玉、未来に描く絵を出力する機械、並行世界を覗けるバッジ。それらのおもちゃを使ってみるたびに、奇妙な感覚に襲われる。表題作ほか、不安と懐かしさが混在するSF短編集。
作風としてはSFと民俗学と日常が交じり合ったような雰囲気で、はっきりした構成やドラマ性がなくオチも意味深に終わってしまうものが多いです。
でもその得体の知れなさがそれぞれの短編のテーマと非常に合っていてどんどん読み進められてしまいます。
表題作「有罪無罪玩具」は不思議なおもちゃを収蔵するミュージアムを描いた表題作。
取るに足らない、何気ない不思議なおもちゃのはずなのに、その存在は不安をかき立ててしまう。その不穏さが最高に楽しいですね。
女性と職員の会話そのものもうっすら気味悪くて好きです。
オカルト・民俗・神話
『イワとニキの新婚旅行』白井弓子
宇宙人の「帝国」が人類を支配して500年。帝国は効率的に支配をするために、人類が持つ神話を利用した。宇宙人に与えられた神話の中でときに抗い、ときにやり過ごす人類たちを描いた連作短編。
宇宙人に支配されている、というと人類の反抗の物語を想像するかもしれませんが、それとはちょっと違います。
この作品の中の人類は、神話に対してときに従順に、ときに抗い、態度を使い分けてしたたかに生き抜いています。
ひょっとしたら、神話が身近だった古代人も、こういう態度で生きていたのかもしれないと思いました。
独特の世界観の物語でした。
『天顕祭』白井弓子
鳶の若頭、真山は最近雇った女性の鳶、木島が低いところを恐れていると知る。彼女は故郷で「天顕祭」のクシナダヒメに選ばれ、儀式に携わる予定だった。しかしその儀式が不穏なものであると察した真山は、木島を追いかけて彼女の故郷に向かう。たどり着いた深い穴の中にあったのは、天顕祭の秘密だった。
ストーリーの筋となるのはふたつで、ひとつは天顕菩薩を祀る神社で行われる天顕祭の秘密の話です。この世界は「汚い戦争」で毒に侵されており、住める地域が限られています。これはどうやら放射能汚染を意識しているっぽい。
そんな過酷な世界で、救済の象徴である天顕菩薩は信仰を集め、倫理にもとる怪しげな儀式をしていた時代もあったようです。
しかしその信仰、どうやらヤマタノオロチ伝説が元になっているようで……。
と、仏教の救済+古事記の伝説+汚染された大地に生まれたカルトと、教義がとんでもなくちゃんぽんになっています。読み返しても理解するのが難しいです。
でもそのこんがらがった信仰が、日本宗教を的確に表していて好きなんですよね。日本の信仰は、なんでもかんでも混ぜまくるところに真髄があります。
『大阪環状結界都市』白井弓子
大阪で警察官として働いていた森かなたは、大阪環状線を監視し守るOシステムで「何か」を見てしまう。その「何か」は「みぎわもん」と呼ばれる大阪に現れる超常のものだった。かなたはみぎわもんをめぐる戦いに巻き込まれていくが、それにはかなたの行方不明になった妹、しおりも関係しているようで……。
大阪ローカルSFということで一度読んでみたかったんですが、思った以上に大阪要素が濃いです。マチカネワニ(大阪大学敷地内で見つかったワニの化石)とか、鶴橋駅で「ヨーデル食べ放題」のチャイムが流れるとか、某アイドルがやっているひらパー兄さんとか、ちょっと笑ってしまいます。
大阪ネタとは裏腹にオカルトSFとしてはシリアスな内容で、環状線を監視するシステムOシステムと、大阪に現れるおばけのようなもの「みぎわもん」の関係が、かなたの視点から少しずつ明かされていきます。
終盤の、大阪で一番大きなお祭り、天神祭を舞台にしたスケールの大きい戦いはわくわくしました。
生物・バイオテクノロジー
『はたらく細胞BLACK』原田重光・初嘉屋一生
人体の細胞が人の形をしている世界。作られたばかりの赤血球は、これからの仕事に期待を膨らませていた。しかしその身体は、アルコールや喫煙、暴飲暴食によって蝕まれた不健康な体だった。過酷な労働に駆り立てられ、疲弊していく現場は多種多様な病魔にむしばまれていく。
私は高校時代生物を選択していたので、「あ、これ学校で習ったやつだ!」と思い出せて懐かしかったです。ランゲルハンス島とかインスリンとか習った習った。暗記ばかりで何の役に立つんだろうと思っていましたが、こうして懐かしむことができる時点で役には立っているんですよね……。教育、大事。
しかしブラックな労働環境で働く細胞たちは本当にかわいそうなんですが、同時に共感と嗜虐的な喜びも感じてしまいます。それは働いていると「この仕事本当に意味があるのか……?」と思ってしまう瞬間があるからでしょうね。
働いても働いても環境が改善されない状況で苦しむ細胞たちに、「うちの職場も同じだよ」と思い、「きみたちも同じように苦しんでほしい」と暗い感情を抱いてしまう。
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オチ自体はすごく珍しいものではないですが、ここまでの作品のテーマやアイとアイザワの関係を踏まえるとこういう終わり方もありだと思いました。一貫して物語のための物語だったんですね。
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ここまでが冒頭の展開で、次々と衝撃の展開が襲い掛かってきます。主人公の苗は悲しみを抱えながら、脱出を諦めません。その強さに読者としても救われました。
仲間を守るために命を懸ける苗はとてもかっこよかったです。そんな姿に魅力を感じてついていきたくなる周囲に共感しました。
以上です。興味があれば読んでみてください。